発達障害者のかかりやすい自己破壊ウィルス
  • あすなろ
  • 2015/12/06 (Sun) 11:44:48
ここのところ、違うアスペの当事者の方が、似たような状況に陥っているのを知って、何かここに共通するものがあるのではないかと思っています。
それは、私自身が長年陥ってきたものに似ていて、もしかしたら、発達障害を持っている人は、こういう状態に陥りやすくなるのではないかと感じています。

あくまで、私の予測なので、間違っているかもしれないし、共通点など無いかもしれない。
そこで、私自身の経験と、どのように解消した(された)か、自分自身で考えられる原因を記してみたいと思います。
なので、他の方の例との共通点や相違点を私に訊かれても困りますし、ご自分で判断していただきたいのですが。

私は、物心ついた頃から、自分が何かおかしいと思っていた記憶があります。母親に何度も問いかけたことを覚えています。その度に、「本当におかしい人は自分でおかしいと言わない。だからおかしくない」というわけのわからない慰めで、幼い私にも、そんな理由は全然意味がないことはわかりました。
自分の周りで何が起きているのか分からないけど、何かが人と違っているという漠然とした疎外感があったんだと思います。

実際、小さい頃からよく友達に泣かされていましたし、学校に上がればイジメに遭いました。
おかしくないと言われても、おかしいと思わざるを得ない状況だったのです。
中学にあがると、イジメには遭いませんでしたが、大勢の友達と混じることがとても苦痛になりました。
みんなが笑っている話題が、何なのか分からない。
その頃、指を一本立てて、これは1、二本立てて、これは5、三本立てて、じゃあ、これは?という遊びが流行っていて、その答えは指に関係ない目の動きや、言葉のイントネーションに関係があるのですが、私は最後まで答えが分からず、友達が何度もゆっくりヒントを与えているのに分からないので、結局イライラさせるということがあったのを覚えています。
答えを知ると、またもっと複雑なものになって、私はクラスがみんなそれを楽しんでいる時に、孤立することになってしまいました。

小学生のときにイジメに遭った経験から、その状態がとても恐怖でした。孤立すると陰口を叩かれてイジメられるという警戒心があったのです。

なので、単に仲間に入れないというだけで、みんなが私の陰口を言っているように思いました。

学生の頃は、進学しても、ずっとこの問題に悩まされることになります。周りのみんなが楽しんでいることに混じれない。会話の流れに付いていけない。無理に混ざろうとすると、余計な発言をしたり、話が止まらなくなったりして、場を白けさせてしまう。
人と打ち解けようと、みんながどんなことを話題にするのか常に意識していたら、余計にわけがわからなくなってだんまりになってしまったり。
友人が笑いながらみんなの前で、「あすなろと居ると、会話がなくなっちゃって、面白くない」と言ったこともあります。
その時に、友人に抱いた殺意に違い感情は今でも覚えていますね。

就職しても、仲間に加われないジレンマは続きました。仕事に関して会話する分には問題ないのですが、プライベートでの付き合いができません。
その頃の職場は、プライベートのつながりを重視していたので、私も初めは何度もそういう集まりに誘われましたが、興味が湧かないのと、学生時代のように集団の中で問題発言をしたり、浮いてしまったりするのが怖くて、断り続けていました。
新人は、若さだけでチヤホヤされる傾向があり、それに乗っていければみんなが大事にしてくれるのでしょうが、それと反する行動をしていたために、逆に仕事のやり方でも非難を受けるようになってしまったのです。
後から入った人は、その仲間に積極的に入っていったので、みんなから可愛がられていました。すると、仕事に関しても信頼を置いてもらえるようになりました。

いま思えば、私は大きな失敗をしたり、やり方が間違っていたりしたはずはないのですが、流れに沿っていないことで、周りからの信頼はえられなかった。なので、私が他の人のやり方が間違っていると思って指摘しようものなら、総攻撃に遭うという状態で、私の方が間違っているんだと納得するしかなくなりました。
もともと、不器用さがあるので、仕事も、やり方は間違っていなくてもミスを犯すことが多く、これではますます自分を信用できなくなります。
その後、育児を理由に仕事を辞めましたが、本当の理由は、この仕事は私には無理だと限界を感じていたことでした。
仕事内容は、私のやりたかったことで、好きだったのですが。

育児を終えて、仕事を始めようと、パートの仕事につきましたが、ここでも、以前と同じようなことが繰り返されてしまいます。まず、同僚の仲間うちにうまく溶け込めない。仕事自体は精一杯頑張っているが、凡ミスが無くならない。他の人が慣れればできることも、いつまでも出来ない。
周囲は、会話の流れやノリに付いていけないことで「変な人」というイメージを持ち、さらにミスばかりすることで使えないと思う。使えないのでシフトを減らされる。
その繰り返しで、職を転々としました。
転々とするうち、自分には、一度にいろんな作業をしなくてはいけない仕事、日によって、または時期によって、イレギュラーなことが入る仕事が苦手だということが分かってきました。
複数作業の同時進行ができない、新しいことや変更されたことに慣れるまで、普通の人の何倍も時間が掛かる。
あとで、それは自分個人の問題ではなく、ADDの人には多い特徴だとわかりましたが。
慣れたこと。それはやはり、最初にやった仕事に関係するです。そのために勉強もしてきたので、仕事としては一番合っている。
そこで、またその分野を勉強しなおして資格をとりました。
仕事の能力の底上げは出来ましたが、あとは人間関係が残っています。
案の定、流れに沿えない私は排除の対象になりました。
さらに、私がキャリアを持っているということで、その中にやっかみも加わったのです。そこまでするかというような、酷い状態でした。
しかし、私は資格の勉強をしてきたので、間違ったことはしていないという自信がありました。これは、単に、仲間内に入れないものを排除しようとする歪んだ思考の持ち主がすることだと思えたのです。
相手のペースに巻き込まれないように気持ちを強く持ちますが、続くとやっぱり自信が無くなります。
そういう時は、ネットなどで私の仕事のやり方が間違っていないか確認して、私は正しいことをしていると言い聞かせます。

そんなことをやっているうちに、相手も私に慣れてきて、何も言わなくなりました。

やっぱり、単なる偏見だったんだなと、落ち着いてから分かりました。

世の中は偏見に満ちていて、発達障害者が自分たちの流れに沿えないことで排除しようとする人間はたくさんいます。
ほとんどが、発端は悪意ではなく、分からないなら教えてやろうという善意です。善意が通らないことで、裏切られたと思って排除に回る。このパターンは非常に多いです。

そして、こういう状況ばかりが続くと、発達障害者が自分が正しいとは思えなくなってしまいます。
ただでさえ、自己解析が難しく、セルフコントロールの効かない体質なのですから、尚更です。

しかし、同じ状況が続くというのは、同じ見方では解決できない何かがある。
特に発達障害者が問題を解決する方法は、同じ発達障害者で、同じような特性を持っている人にしか分かりません。

けれど、このセルフコントロールが出来るようになると、途端に出来ることも増え、出来ることが増えると、これまで批判的に見ていた人の態度ががらっと変わります。
つまり、世の中のほとんどは、表面的にでも出来ることが多いかどうかの尺度で見ている。流れに沿えないというのは、流れを阻害して出来ることも出来なくすることを恐れるからです。
そこにこだわる人は、実は自分のやり方に自信が無かったり、大したスキルを持っていないということも多い。

発達障害者は、そういう周りの不安によって、自虐思考を持たされ、自分のスキルの未熟さを感じることで、自ら自己破壊を繰り返すウィルスにかかりやすいのかもしれません。
発達障害者の自己モニタリングとセルフコントロール
  • あすなろ
  • 2015/12/09 (Wed) 09:14:34
アスペ+ADHDの娘と、朝、大喧嘩しました。
私のちょっとした言葉に、娘が大逆上。しかも、まったく言っていないことまで『言った!絶対言った!』と大騒ぎ。『ママは、私のことを気持ち悪いって言った! いつもそうだ! シね!』とまで言い放つ始末。

けれど、私にはこの原因に察しがついているので、娘に応戦しながらも、次に取るべき行動を考えていました。

娘をこのまま学校に行かせてはいけない。担任に連絡する。朝ごはんを食べさせて薬を飲ませる。

しかし、娘は逆上が収まらなくなり、友達が待っていると言って飛び出していってしまいました。
薬だけ、追いかけて行って飲ませました。

結局、途中でしんどくなり友達に先に行ってもらって忘れ物をしたと戻ってきた。

私はほっとして、娘が忘れ物を入れている間に学校に連絡。
状況をいつも話している担任には、すぐに通じます。
『十分落ち着いてから、事故に気をつけてゆっくり登校するように伝えてください』とのこと。

娘に伝えると、娘は納得して、その後、しっかり朝食を食べ、落ち着いて出ていきました。

娘のパニックの原因は、ADHDの『低覚醒』というものです。
前日にレポートがあって、夜遅くまで起きていたので、就寝時間が遅くなってしまい、起きる時間が遅かったので、目覚め切ってなかったのです。
私も最初から、遅刻してもいいと言えば良かったのでしょうが、そこはアスペの律儀さがあるため、『遅刻はできない!』と思い込んでいます。
それなら、おもいっきり派手に喧嘩してしまったほうが、目が覚めるかな~と思ったのですが、低覚醒はそんな甘いものではありませんでした。

いちばん効用を発揮したのが、慌てて飲ませた薬だったのかもしれません。

娘は、朝のことなどすっかり忘れて、学校で楽しく過ごしてきたようです。

低覚醒をこじらせて、学校でガラスを割ってしまったこともあり、この状態で学校に行けば、自分でもコントロールが効かないうちに友達とトラブルを起こし、さらに自己嫌悪に陥るという悪循環が起きます。記憶力がいいため、一度の失態は、ずっと娘の記憶に鮮明に残っているため、苦しみ続けて、恨み続けることになってしまいます。

しかし、家で解消できれば、何の問題もないわけです。

この『低覚醒』は、私の独断ですが、ADHDの特徴だと思います。
ADHDを持っていないアスペの兄の方は、こういう突発的な感情の揺れというのがありません。
妹の行動にハラハラするようです。

そして、ADHDの私自身も、振り返ると、感情の揺れや倦怠感、訳の分からない落ち込みというのが、『低覚醒』状態だったんだろうなと思うことが多々あります。

この『低覚醒』状態とは逆に『過集中』という状態もあり、やけにハイテンションで、一度やりだしたことが止められないという症状もあります。しかし、この『過集中』を良い状態に持っていけると、良い仕事ができたり、アイデアが生まれたりというメリットにもなります。

ADHDとASDを併せ持っていると、診断名はASDとすることが医学的には決まっているようですが、ADHD傾向のない人と、併せ持っている人では、抱える問題が違うように思いますし、併せ持っている人もとても多いと思います。

けれど、娘のように、ADHDの問題が前面に出てきている場合は、そちらの対応をしたほうがいい、いやしなければならないように感じます。

幸い娘の主治医は、診断名に関わらず、対症療法的に、状態に合わせた(主に私が娘の状態を客観的に見て話している内容ですが)治療を考えてくださいますが。

ASDの息子のほうは、幼少時に、リスパダールなどの鎮静作用のある薬を使って、とにかく集団の場での興奮状態を少なくするという方法を取っていたので、成長してセルフコントロールができるようになってからは必要なくなりました。

しかし、娘はまだ、セルフコントロールが難しい状態ですし、ADHDは、大人になってもこういう状態が繰り返されることにはあまり変わりませんので、かなり長いこと薬の服用がネックになってくると思います。
私の場合は、たまたま生薬系のドリンク剤が効くことが分かり、それを仕事の前に服用することで良いリズムが取れるようになりましたが、仕事で良い状態を維持していると、必ずどこかで『低覚醒』があるので、それをどこにセッティングするかということになります。
低覚醒のときには、意識して何もしない!と思い切らないと、家事くらいなら大丈夫だろうとやってしまうと、やることなすこと失敗して、結局酷い目に遭うということになります。

娘の以前の主治医によると、要は酔っ払いの酩酊状態と同じなんですよ、ということでしたが。

セルフコントロールが効かないと思われる方は、ADHDの方向から自分の体質を考えてみてもいいのかもしれません。
集団心理が排除を生むことについて
  • あすなろ
  • 2015/12/11 (Fri) 09:55:03
久しぶりに嫌な経験をしました。

仕事ではない、ある活動で、私は副代表の立場だったのですが、その活動のメインとなる行事を前に、代表が欠席することになりました。
さらに、同日、違う集まりにも出席してほしいと。

両方は大変なので、行事の運営は、他の方に割り振ってほしいと言ったのですが、時間は微妙に被っていないので、大丈夫ですよの一点張り。

当日、私は駆け回って、ひと息つく間もありませんでした。

代表からは、私に対しての労いはなく、私がいない間の運営、ありがとうございましたと、メンバー全体にお礼メールが送られてきました。

ダブルブッキングも、参加した集まりの方では、行事と重なっていることは承知していたけど、代表か副代表のどちらかに参加してほしかった、代表が休むとは思っていなかったと。

つまり、代表が何か私に対して不満を抱いていて、自分の仕事を丸投げして困らせようとしたようなのです。

結局、メンバーの協力もあまり得られず、自分だけが疲れ切っていました。
私が代表なら、仕事を割り振っていたところも、代表がまったく役割を決めていなかったためです。

私は、代表をそこまで怒らせる何かをしたのでしょうが、それに見当が付かない。
おそらく、代表ばかりが仕事をしていて、私が思うように動かないので、腹立たしかったのでしょう。
けれど、それは代表が私に仕事を割り振らなかったのが原因なんですが、そんなの言われなくても気付け!というサインを送っていたのでしょうね。

さらに、進行状況が気になって、代表に確認をしたことがあったのですが、それもプレッシャーと受け取ったのかもしれません。
「どうなっていますか? 私がやりましょうか?」というメールに対し、〇日までに確認してメールしますとの返事。忘れていたのに、指摘されて慌てた感じでした。

おそらく、私が欠席した打ち合わせのさいに、メンバーにぼやいたのでしょう。
あの人は、副のくせに何もやらないで、口ばっかり出してくると。
それで「だったら、代表の仕事任せてしまいなさいよ! 自分ばかり損することない」とメンバーが煽ったのかもしれません。

とりあえず、私は何とか当日をこなして、失敗はありませんでしたが、今度はそれに対して面白くない。もっと困らせて私が失敗して「代表って大変なんですね」と思ってほしかったのでしょう。

前はよく、こんなことがありました。
周囲と足並みが揃わなかったり、不器用で大した仕事ができないのに口は出すということに、周囲が怒って嫌がらせをするという。

アスペの方が、何か分からないけど周囲を怒らせてしまうというのと同じです。

私がこれまでの経験から、大の大人であっても、こういう『ひがみによる腹いせ』というのを前面に出してくる人間もいるのだということを知っていなかったら、私の何が悪いのだろう?一所懸命やっているのに、と落ち込んだかもしれませんが、今は、こういう低俗なことをする人間が世の中には結構いるんだと思えるようになりました。

そして、ある人(代表)が、ふと不満に思ったことを誰かに話したとき、当人の気持ちを支持する数人が出来たら、それは急に正当化されてしまい、それに対して大胆な反撃をしても許されると思い込んでしまうことです。
特に女性の集団では、こういうことが起こりやすい。

発達障害があることで、周囲に協調できないと、こういう集団心理の爆発的な力に抗うことは不可能です。
けれど、発達障害者のやっていることが間違っているという基準にはなりません。

ここに出入りされている定型の方は、全うな方ばかりですが、世の中は、こういう稚拙なことをやっていても、それが社会の常識だと言い切ってしまう定型は非常に多いのが現実です。

Re: 発達障害者のかかりやすい自己破壊ウィルス
  • にわとり
  • 2015/12/11 (Fri) 12:48:27
割り込み失礼します。お久しぶりです。

>何もしないくせに口だけは出す

通常は代表が仕事をやっているところを見たら、指示をされたり、仕事を割り振られたりしなくても、自分で状況を判断して動く、代表のやってほしいところを察して動くということでしょうか?
今回の場合は代表が「あすなろさんは察して動いてくれない」と受け取ったということなのでしょうか。


>口だけは出す

今回の場合は「進行状況が気になって代表に確認をしていた」あすなろさんに対して代表が「口だけは出してくる」ということだったのでしょうか?

「口だけ出してくる」がどういう状況なのか想像できなかったので。

ただどうしてこのことが定型者のひがみに繋がるのでしょうか?
どちらが悪いかは関係なく、これは定型者と発達の感覚やペースがかみ合わず、定型の感覚からしたら「あすなろさんは最低だ(あすなろさん個人が最低とはいってませんよ)。ギャフンと言わせてやろう」との行為だと見受けたので。

それとも皆が何らかの理由であすなろさんを嫌っていて陥れるためにわざと仕事を振らず、あすなろさんに必要な情報をわざと教えず、「何もしないくせに口を出す」人物像をわざと作って嫌がらせをしたということなんでしょうか?

理解力欠けていて、質問ばかりで申し訳ないですが、お願いします。
Re: 発達障害者のかかりやすい自己破壊ウィルス
  • にわとり
  • 2015/12/11 (Fri) 17:13:38
話が唐突でしたね。失礼しました。

Re: Re: 発達障害者のかかりやすい自己破壊ウィルス
  • あすなろ
  • 2015/12/11 (Fri) 18:47:22
>にわとりさん

私も、詳しく書けないところは曖昧に誤魔化しているので、伝わらないところがあるのは当然です。
聞いていただいて、結構ですが、うまく解説になるかどうかはわかりません。

何もしないのに口だけは出すというのは、にわとりさんのおっしゃる通りのことです。
もしも、私が代表として全責任を負う立場になったら、定型のように器用にこなせないので、人知れず、資料を読んだり、念密に計画を立てたりして、全神経を集中させないとできないと思います。その分、くどいくらいに周りに確認して、当日までの計画や割り振りを練ると思います。
それも、かなり負担の大きいことですが、責任を負うならそこまでしないとできません。
しかし、今回は副という立場だったので、代表のやり方に従わなければならなかったし、代表を差し置いて勝手なことはできない。それでも、割り振りや連絡が曖昧で、不安で仕方なかったのです。いつも、先を見越していろいろなパターンを想定する癖が付いているので、多分これは全体的に負担が大きいなと思われるところが予測できます。

そんなことで、代表に問い合わせたり、それは難しいのではないですか?と意見したりしていました。

定型の代表にとっては、私にはそんなことを望んでいたわけではなくて、同じ方向で、特にお願いしなくても、さりげなくフォローをするなどを期待していたのだと思いますし、他の人から見ても、なぜそういうフォローができないくせに、余計なことばかり言うのだろうと思えたのだと思います。

こちらとしては、自分も、全体も、失敗したくないという気持ちが強かったのですが、それなら、自分独自でちゃんと調べて、代表の顔を立てながらフォローしていくという方法を取らなければいけなかったのでしょう。私の努力ミスでもあります。

ひがみというのは、適切な表現ではありませんね。
ひがんだのではなく、私をギャフンと言わせたかっただけです。
定型から、こういう反感を持たれることは、よくあることなのですが、それを最終の段階で突然、全責任を丸投げするという暴挙に出るとは思いませんでした。
メンバーも、途中で早退したり、本来ならできる仕事をやらなかったりと、私ひとりに押し付けるような態度でした。

私が発達障害だということは、誰も知りませんが、それを言ったところで相手が納得するわけではありませんし、発達障害に限らず、少し特異なところがあって、集団の流れに沿えない人には、こういう排除をするような人も少なくありません。

理解どころか、とにかく自分の意図に反することをされると、面白くないのでしょう。それが正しいのか正しくないかには、関係ないし、その攻撃性は、集団で同意するものが増えれば増えるほど、大きくなっていきます。

こういう歪んだ思考を持っている人たちがいることも、念頭に置いておくといいのではないかと思います。
Re: 発達障害者のかかりやすい自己破壊ウィルス
  • にわとり
  • 2015/12/12 (Sat) 07:47:39
あすなろさん

突っ込んだ話を聞いてしまって申し訳ないです。
しかし今回は私にとっても勉強になりました。


>何もしないのに口だけ出す

なるほど。私にも心当たりがたくさんあります。
私も状況の読みができないためにその都度確認します。それが相手を責め立てたり、プレッシャーになるんですね。
それでも状況を察して動けない、見当外れな行動になるので、私も反感を買ってたでしょうね。
「バカのくせに口だけ達者で生意気だ」と言われたのもそれが一つの原因としてあったかもしれません。


>定型の代表にとっては、私にはそんなことを望んでいたわけではなくて、さりげなくフォローをするなどを期待していたのだと思います し、他の人から見ても、なぜそういうフォローができないくせに、余計なことばかり言うのだろうと思えたのだと思います。

定型から見たら、あすなろさんのやってることは「他の人の協力はせず、メインの仕事を横取りして目立とうとする」「勝手にしゃしゃり出てきて一人で仕切る」とも見えたのでしょうか?
あすなろさんがきっちり遂行なさる方ならなおさら「あすなろさんが一人で手柄を取ろうとして、私達の立場を危うくさせる」と捉えられてた可能性もありますね。
そこで難癖付けてあすなろさんを陥れたかったのかなとも取れました。


>私が代表として全責任を負う立場になったら、定型のように器用にこなせないので、人知れず、資料を読ん だり、念密に計画を立てたりして、全神経を集中させないとできないと思います

その努力が定型者以上の良い結果を出す人であれば、周りからは自分達の立場を犯されそうであすなろさんは脅威の存在となりそうですね。
私はそれすらできないので、チームプレイの必要な作業は極力避けていますが、できる発達障害はまた別の理由で周りから顰蹙を買ってしまうのですね。


> 今回は副という立場だったので、代表のやり方に従わなければならなかったし、代表を差し置いて勝手なことはできない。

発達障害が空気が読めないと言われる原因ですね。
定型者でも能力がある人がねたまれずに周りと信頼関係を築このいてる人がいましたが、周りを立てるとこは立てるという配慮や気遣いをしてるからなんですね。
確かに出る杭は打たれそうですね。


よく発達障害者は協調性がないとか足並みを揃えてないと言われても言葉が曖昧すぎてよく分かりませんでしたが、一つその意味が分かりました。
私が自分勝手とかマイペースとか自分のことしか考えてないとか何も考えてない脳天気な奴だと言われてた原因の一つにも繋がると思います。
事例を出して話を聞いた方が頭に入りやすいですね。
説明していただいてありがとうございました。
私のトラブル対処法
  • あすなろ
  • 2015/12/12 (Sat) 09:35:29
今回の件についての、私の反応と、対処のポイントを載せておきます。
あくまで、私独自の方法ですが、参考になれば……。

どうしてこういう状況になったかという分析(あくまで私の推察ですが)は、にわとりさんのお返事に書いたとおりです。

代表がひとりで仕切ることができる人だったので、分からないことは代表に聞けばいいかと、甘えていました。
定型に比べて極端に理解力や記憶力が悪いので、自分ではそこを十分に考慮して、何度も理解できるまで資料を読み返すとか、小さなことでもメモに取って忘れないようにするという配慮が足りず、代表に依存していたわけです。
(これが仕事なら、そこまで集中して全力を注ぎますが、そうではないというところに気の緩みが出ました。さらに、メモを取ることが出来ない立ち話や、作業のついでに決まることも多くて、覚えていなくてはと頑張ってもメモが出来るところに行くと一部しか思い出せないことが続いて、忘れたら聞けばいいかと安易に考えていました)

また、代表は人当たりがよく、優しい人だったので、余計に甘えてしまったのだと思います。
何でもこなせるということは、それだけプライドも高いということを、人当たりの良さにカバーされて気付けなかったのです。
また、人当たりが良いということは、嫌なことがあっても、ギリギリまで言えずに我慢してしまうのでしょう。そうすると、我慢の限界が来ると、突然怒りを爆発させるということにもなりかねないのです。

さらに、代表は穏やかな人ですが、メンバーの中には性格のきつい人や、表面的にはニコニコしていながらも、陰で何を言っているか分からないような人が何人かいました。
代表とこの人たちは、プライベートでも親しいので、そういう人たちに愚痴をこぼしていた可能性もあります。
実際、代表と私はよく連絡を取り合って一緒に動いていたのですが、この行事の前に突然豹変したのです。私が欠席した集まりで、何かがあったと、私には映ります。

定型同士では、「あの人とはちょっと気が合わない」という程度の誤差で済むものが、発達障害者の行動は、定型の許容範囲を超えるものなのでしょう。ちょっと気が合わない程度なら、「そういうこともある」程度で済むものが、「全く理解できない。ひどい」という印象になるのかもしれません。
なのでその『報復』も度を越したものになりやすいのでしょう。


そこで、私が取った行動は

●とにかく失敗は許されないので、当日は神経を張り巡らせて気付いた先から即行動。何とか乗り切る。感情と裏腹に、無理にでも明るく笑顔で!

●怒りが収まらないので、事情は知っているが、メンバーとは面識のない友人に、「とにかく聞いて!」と長々愚痴のメール

●終わってから時間が空くと悶々としてくるので、家の用事を見つけて外出

●上記の友人が事情を察してくれたので、電話で細かく事情を話すと「それはひどい!」と共感してくれて、かなり心の荷が下りる

そんな感じで、感情との戦いでしたね。

(自覚が無くても)原因を作ったのは私だが、やられたことは理不尽。
その部分は、分けて考えなくてはいけません。

共感してくれた友人も定型なので、私がやってきたことをずっと見ていたとしたら、「それはやられて当然よ」と言ったかもしれません。
けれど、「やられたこと」は例えどんな理由があるにしても、「やってはいけないこと」なのです。

AさんがBさんに暴言を吐いた。BさんがかっとなってAさんを殴った。
原因はAさんですが、殴っていいわけではありません。

友人は「そんなの、同じことをやり返してやれば?」と言いますが、そこは原因が私にあるため、やってはいけないことです。つまり、「やられたこと」に関して、友人がそれを「悪い」とジャッジしてくれたことで十分なのです。

そして、そもそも、こういう事態に陥らないようにするには

●指揮系統もはっきりしない、仕事内容も明確でないものには手を付けない。
(ここでは、この役割を引き受けてしまったことが最大の間違いでした。どんなに「ずるい」と罵られても、できません、嫌です、とはっきり言えば良かったと思います)

●頼りがいのある定型だと思っても、緊張感は緩めない。自分なりのやり方で仕事の進め方をちゃんとイメージしておく。
しかし、そこから大きく逸れたり、問題点に気付いたとしても、決して口出ししない。相手のやり方をよく観察する。それで予想通り失敗したとしたら、相手の責任と割り切る。

●理不尽な報復をされたら、それに対してはちゃんと怒りを持つ。それを分かってくれそうな人に訴える(このとき、相手側に通じる可能性のある人は絶対に避け、自分の側で予測される原因があったとしても言わない。いなければ、電話相談やカウンセラーでも良い)
ともかく『あなたは大変な被害を受けたんですね』と共感してもらうことが目的。わざわざ原因を暴露して、『あなたも悪かったから仕方ないわね』と言われてしまったら逆効果。


と、こんなところでしょうか。
しかし、このメンバーには、おそらくずっと嫌な思いを抱えるでしょうから、今後はなるべく関わりを持たないように、会話も事務連絡のみということで割り切ろうと思いますが(笑)
Re: 発達障害者のかかりやすい自己破壊ウィルス
  • あすなろ
  • 2015/12/12 (Sat) 09:51:00
>にわとりさん

共同幻想論では、そういうことになりますね。
つまり、こちらの考える『正義』や『誠実さ』が、『悪意』と取られる現実があるということです。
私はここに、『演技力』が必要だと考えています。
共同幻想論に沿っている人を演じる『演技力』です。

たとえば、トラブルになりそうな場所にいかなくてはいけないと、集団で責められたとします。
行けばトラブルになる、行かなければ集団から外される
そういう選択のとき、いちばんよいのは、どちらも納得できるような理屈を考えて逃げる。

「親が突然倒れて~」とヨヨと泣いてみる……。

この時、この演技が下手だと、ますます『嘘だ! 逃げだ』となりますが、演技が上手ければ信じてもらえます。
トラブルが起きて大損失になるのを防ぎ、集団からも責められない。
結果、悪いことにはなりません。
Re: 発達障害者のかかりやすい自己破壊ウィルス
  • にわとり
  • 2015/12/12 (Sat) 23:41:15
>定型に比べて極端に理解力や記憶力が悪いので、自分ではそこを十分に考慮して、何度も理解できるまで資料を読み返すとか、小さなことでもメモに取って忘れないようにするという配慮が足りず、代表に依存していたわけです。

あすなろさんは事前に内容を把握して予測し、対策に対策を重ねてるんですね。
私はそれをやっても全く予測出来ないので、ルーチンワークの単独業務を選ぶしかしてませんでしたね(^_^;)

私も偉そうに言いましたが、今回はあすなろさんが悪かったと言うより、世間が発達への理解をしようとしない結果だと思ってます。
これが身体障害者なら配慮しますよね。しかし発達は「わざわざ説明や指示を出すのが疲れる」と言われますよね。
何も面倒なことを押しつけてるわけではないんです。身体障害者の方(例えば耳が聞こえない方には筆談でやり取りする)への労力と変わらないはずです。結局は発達への偏見や悪意でしかないですよね。


>「親が突然倒れて~」とヨヨと泣いてみる……。

私も含めてこういった演技は難しいですね。
共同幻想適応者として演じるのは発達障害者個人にできるかにかかりますね。
Re: Re: 発達障害者のかかりやすい自己破壊ウィルス
  • あすなろ
  • 2015/12/13 (Sun) 10:11:15
>にわとりさん

確かに相手のやったことは、理不尽な攻撃だと思いますが、ある意味仕方のないことです。
私はADHDだとは、診断を受けたわけでも、誰に公表したわけでもありませんが、ADHDの特性とみないと理解できないような脳の動きや言動の傾向を自分で意識しているからです。
けれど、それを診断されて、世間に公表したとしても、現時点で、明らかにADHDがこういう行動を取るので、こう対処してくださいというマニュアルなどがなければ、普通に定型社会に馴染んでいる人には、絶対に理解もフォローもできないと思います。マニュアル本を示したとしても、理解ができないかもしれません。
足の悪い人は、支えてあげるなど、支援の仕方がわかりやすいですよね。
けれど、これも本当は間違った支援を強引にやってしまっている場合もあるのです。
目の悪い人は、急に前から声を掛けられたり触れられたりすると、定型とは比較にならない恐怖を感じるとか、そういう配慮のできない人が、いきなり手を掴んだりとか。
つまり、本当に必要な支援でなくて、見えやすいからこそ、ありがた迷惑なことをされている人も少なくありません。

つまり、障害者当人が何を必要としているのかを啓発する必要があるのです。
それには、こういう場でも、当事者がたくさん情報を提示することが必要だと思っています。
にわとりさんが、こんなことに困ったと公開することも、とても大きな一歩になっているのでは?と思いますよ。

理解の啓発とともに、それは、やられたことが定型であっても、理不尽なことであれば、発達障害者だから仕方ないではなく、しっかりと怒りを訴えていくべきだと思います。
それは定型アスペの問題とは別に、人格の侵害ですから。
Re: Re: Re: 発達障害者のかかりやすい自己破壊ウィルス
  • あすなろ
  • 2015/12/13 (Sun) 10:17:34
最後、意味不明でした!

やられたことが理不尽であれば、怒りを訴えるべきです。
発達障害者だから我慢しなくてはいけないということではなく、れっきとした人権の侵害なのですから。
Re: 発達障害者のかかりやすい自己破壊ウィルス
  • にわとり
  • 2015/12/13 (Sun) 14:42:28
あすなろさん

また質問ですみません。
怒りを訴えるといってもどうやって訴えるのでしょうか?

たとえ理不尽な攻撃を受けたとしても、相手に訴えてもさらに攻撃を受けます。
相手は発達が悪いと思っている、もしくは自分が悪いと分かった上で発達に意地悪する人もいますが、発達は舐められてますから反撃しても無意味です(舐められてるから意地悪される)。
周りを味方につけて反撃もコミュニケーションが取れない発達であれば無理です。

あからさまに理不尽な攻撃であれば法的手段は考えられますが、どこに行っても人間関係が築けない発達障害や障害特性でチームプレイを乱した上でのいじめが発端であれば、発達側に原因があるとみなされて不利になることもあるでしょう。弁護士や裁判官も発達障害に理解ある人も少ないでしょう。
証言も必要になりますから周りも発達側の有利になる証言はしないでしょうし、自分達の有利なように発言するのは定型者の方が勝ってます。
仮に発達障害が勝ったとしても、職場や地域にはいられなくなりますし、また新たな場所で理不尽な仕打ちを受ける可能性も高いです。

障害が重度な人ほど泣き寝入りするしかないように思いますが、如何でしょうか?
Re: 発達障害者のかかりやすい自己破壊ウィルス
  • にわとり
  • 2015/12/13 (Sun) 15:07:08
掲示板などで状況や自分達の困っていることを訴える必要があるということでしょうか?失礼しました。

発達より認知度が高い知的障害の理解や知識を訴えても世間は無関心で理解しようとしない人、排斥したがる人が大半ですから厳しいでしょうね。
いくら他害がない優しい知的障害者でも見た目が気持ち悪いから関わりたくないとか知的障害者のペースや感覚が合わずに疲れるなどと言って、定型者側から差別してますからどうにもならない感じを受けます。

>目の悪い人は、急に前から声を掛けられたり触れられたりすると、定型とは比較にならない恐怖を感じる

そうなんですか。身体障害の方への適切な支援への知識が必要なんですね。当事者には当事者でないと分からないんですね。
マニュアルなんて言っても一人一人違いますから詳細は本人に聞かないと分からないですしね。本人がしっかりマニュアルを作って頂く必要が出ますね。
今後、視覚障害の方と接する際には気をつけなければなりませんね。
しかし忘れっぽい自分はうっかりして視覚障害の方の前で急に話しかけたりしそうで、自分は意識して接しないといけないですが。



Re: 発達障害者のかかりやすい自己破壊ウィルス
  • あすなろ
  • 2015/12/13 (Sun) 15:32:00
>にわとりさん

相手に分からせるとか、賠償させるというのは、まず無理です。
相手はやられて当然のことを、こちらがしたと思っているし、第三者に詳細を話しても、定型的感覚の人なら、「そう、それならやって当然よね」と相手の味方をするでしょう。

私が訴えるというのは、やられたこと(行為のみ)を、人として対等な立場で見たとき、それは理不尽だと同意してもらえることです。

私の例で行くと、何の準備もせずにいきなり責任を押し付けて、それに対してお願いしますでも、ありがとうございましたでもない行為は、どうなのか?
と、第三者にきいてみた。
すると、誰もが『それは絶対におかしい』と同意してくれたわけです。
私のやられたことは、明らかに間違っていると証明されたわけです。

気持ちはなかなか収まりませんが、他人に聞けば、それは絶対おかしいよと言ってくれるわけで、そのような行為をした相手の方が人間的に欠陥があると思えるわけです。

原因が何であれ、やってはいけないことがあります。

それは、発達障害者側の問題ではなく、相手の性格が偏っていたり、成長し切れていない結果なのです。

にわとりさんが受けたような職場での集団排除。
にわとりさんの言動が、定型には理解し辛く、相手のイライラが募ってしまうという事実があったとしても、それを集団で決めつけて、みんなで『あなたがいるために、仕事が出来ない』と攻撃したとしたら、それは人権侵害です。
やられたことの事実だけを、労働基準監督署などに訴える手も考えられますが……。

にわとりさんは、そういうサポートの場でも『アスペ』ということで致し方ないと一蹴されてしまった経験をお持ちなので、その難しさは身に染みてご存知だと思います。

別スレにも載せましたが、生活保護受給者への不当な対応など、社会ぐるみで、弱者叩きが横行しているようですから、どこも信用できませんね。まさに社会全体が稚拙で傲慢なのです。
よく分からないところに話すと、しっぺ返しが来る恐れがあります。
なので、きっと共感してもらえるだろうと思う人に『愚痴る』ほうが、ずっといいです。

訴える=共感をしてもらう

ことが目的だと思います。
友人や、同じ価値観を持った人と(ネットでもいいですが)なるべく多く繋がって、『あなたは被害を受けたんですね』と一緒に怒って嘆いてもらえるだけでも十分なんだと思います。

それによって、『いくら発達障害を持っていて出来ないことが多くても、同じ人間としてまともに被害を訴える権利があるんだ』という自信になるんだと思います。

あとは、心のうちに収めて、『いつか見てろよ』(本当にそのいつかが来なくても)と思っていればいいんだと思います。
Re: 発達障害者のかかりやすい自己破壊ウィルス
  • にわとり
  • 2015/12/13 (Sun) 16:24:22
あすなろさんありがとうございます。

訴えるというのは誰も接点もない人に共感してもらうということですね。
法的手段に訴えても弁護士も定型的な感覚で見ますから、あなたが悪いとしか言わないでしょうね。

先ほども書きましたが、何も定型アスペ側のずれだけではなく、感覚が合わないから仕事のペースが乱れる(他スレではそれでクビになった方がいて、仕事の不出来は関係ない)といったくだらない理由もあるわけです。

仕事はできない、生活保護もさらなる引き下げが検討されていますから社会適応できなければ発達障害は生きられない環境ができてくるのかもしれませんね。

おじゃまして失礼しました。
Re: 発達障害者のかかりやすい自己破壊ウィルス
  • にわとり
  • 2015/12/13 (Sun) 20:31:43
砂漠さんありがとうございます。

就職は難しいと思いますが、もし必要があれば参考にさせていただきますね。
Re: 発達障害者のかかりやすい自己破壊ウィルス
  • にわとり
  • 2015/12/15 (Tue) 00:26:57
あすなろさんまたお邪魔します。
私も今日支援者から態度が悪いと指摘を受けました。あすなろさんの失敗談どころではないです。
小さな子供でもできることができていなかったので。

障害者サロンに行った時の話です。
支援者さんがりんごを剥いてくれました。

支援者「にわとりさん、リンゴ剥いたから食べてね」

私「(携帯を見ながら)ありがとうございます」

支援者「……。にわとりさん、ちゃんと顔を向けて目を見てありがとうと言うべきでしょ」

私「(我に返って)すみません!」


実は先日もありました。
(サロン内の掃除と皿洗いをしている途中)
支援者「にわとりさんご苦労様。コーヒー入れたから飲んでね。」

私(コーヒーを立ち飲みし、また掃除に戻る)

支援者「……」

支援者「にわとりさん、コーヒーは座って飲みなさい。30過ぎて行儀悪いよ。それにコーヒーを入れてもらったならありがとうと言うべきでしょ。外でもこんな態度なら怒られるわよ」

私「(指摘を受けて我に返る)すみません!」

同時複数のことが意識できない。頭の切り替えができない。
一つ目は携帯に集中していて、ありがとうと言うことは頭の片隅にはあったものの、相手の顔を見ることにまで意識が回らなかった。
二つ目は掃除をしてることに意識が一杯で、コーヒーを座って飲んだり、コーヒーを入れてくれた人にお礼を言うとこにまで意識が回らなかった。
支援者に指摘されて我に返りました。


恥ずかしながらまだ指摘されたことがありました。
(出先に支援者がコンビニに寄り、支援者のおごりでみんなの分のお昼を買ってきてくれた)
支援者「ただいま~」

利用者「お帰りなさい。おつかれさまです」

支援者「お昼買ってきたよ。○○さんのパン」

利用者「ありがとうございます。お気持ちはうれしいんですが、何かしてもらってばかりですよね…いつもいつも良いんですか?」

支援者「良いのよ。気にしないで」

利用者「ありがとうございます」

支援者「にわとりさんの好きなパンを買ってきたよ」

私「ありがとうございます」

支援者「……」

私「私、何か悪いことしましたか?」

利用者「ズボンのポケットに片手を突っ込んで、怒った顔をして、もう片方の手でパンを催促するような手をされたら、誰だって気分は良くないよね…」

私(指摘されて自分の格好に気付く)

この時は掃除した後で頭が疲れていました。
疲れている時は無意識にポケットに手を突っ込み、だらっとした姿勢になってしまうことがあります。
疲れてる時は頭がボーっとしていて自分の格好に意識がいかず、素の状態になっていました。
片方の手はパンを受け取ろうとしていたのですが、「パンをさっさとよこせ」という感じの悪い態度になっていました。

小さな子供が受ける注意をされるなんて恥ずかしい限りですが、今まで指摘受けるまで気づきませんでした。
今までも同じようなことをしでかしていたのでしょうけど、指摘を受けてなかったから意識になく、そのままその出来事自体を忘れてしまっていたのでしょう。

発達は客観視ができないと言いますが、自分はここまで酷かったなんて夢にも思わず、よく生きてたなとがっくりきました。

ちなみに上の利用者も発達障害で空気を読むのは苦手ですが、定型のお母さんからは躾をされているので私のような失礼な態度はありません。
育った環境も問題がありますが、それでも自分でそのくらいは気づけるはず。
周りが幻滅する理由が一つ分かりました。







Re: 発達障害者のかかりやすい自己破壊ウィルス
  • にわとり
  • 2015/12/15 (Tue) 01:01:04
アスペの心境
よく大事な話になるとふざけたり、逃げ出したりする発達障害者の話を聞きますよね。

私も恋人と大事な話をしてる時に黙り込んでいました。
状況判断ができない、どうして良いのかわからない、答えがわからないから答えられないんですね。
恋人から追いつめられる程にその場から逃げ出したくなりました。
発達障害者が重要な話し合いでふざけるのは無意識にその話題から避けたいのもあるのかもしれません。

単純に精神年齢が幼く、結婚への責任や重要な話の重みが分からず、ままごと感覚で結婚した発達障害者も少なくないと思いますが。

発達障害にもよりますが、状況判断を下すのが難しい発達には対等な関係での話し合いは期待できず、健常にリードしてもらうしかない人もいますね。
少なくとも私の場合は結婚には向いてないなと学生の時から何故か本能的に感じてました。
Re: 発達障害者のかかりやすい自己破壊ウィルス
  • にわとり
  • 2015/12/15 (Tue) 02:13:37
自分を知って対策を練らないと定型社会では生き残れません。自己破壊にもつながるきっかけにはなります。

それ以上に自分に現実を受け入れる強さがないから自己破壊(二次障害)に繋がりました。

ある発達障害者はギャンブル依存でしゃっ金を重ねて家族に逃げられました。彼は過去の栄光を話したり、より能力が低い私やおとなしい人をいじめることでプライドを保ってました。

ある発達障害者は家族の貯金をホストに貢いでました。家族から縁を切られました。

定型社会が仮に発達障害に理解を示したとしても、失敗ばかりで能力がない自分への劣等感があります。定型者からの差別とは無関係にです。

一番重要なのは現実を受け入れる強さです。現実を受け入れる強さがなければ自分はもちろん、周りも破壊します。

何度も失礼しました。
Re: 発達障害者のかかりやすい自己破壊ウィルス
  • あすなろ
  • 2015/12/15 (Tue) 08:42:17
>にわとりさん

携帯をいじりながら、人の話を聞く。
これ、ほかのところでも目にしました。
お母さんが発達障害の息子の態度をどうしたら改められるか。というようなことで。
携帯をいじることと、人の話を聞いていないことは別だと、本人は言い切るのですが、例えそうであっても、人前で携帯をいじりながら聞く、その態度自体が『失礼』に当たることを教えなくてはならない。せめて『恰好』だけでも、世間に合わせてほしいと思うけど、本人は『自分が正しい』と言い張る。
というような内容でした。

本当に細かいことなんですよね。
でも、そのひとつの『パフォーマンス』が命取りになったり、逆に信頼を得たり、ということがあるのが世間です。

親が基本的なところを躾けるのも大事ですが、にわとりさんのように、大人になっても支援者に教えてもらえることも同じように大切です。今にわとりさんの教育をしてくださるのは、その支援者さんだと思って、たくさん学んでください。
いくら親が躾けようとしても、おそらく上記の息子さんのように、本人が頑として受け付けないパターンも多いんですよ。うちの子もまさに、こんな感じです。

一所懸命ヒントを与えているのに、親だからこそ聞かない。
社会に出て、挫折したときに、素直に忠告を受け入れられる人になってほしいなと思うところです。

年齢は関係ないですよね。
一生学ぶチャンスはあると思いますよ。
そういう私も、今回のこと、そして以前のことで、たくさん学びました。
攻撃した相手は憎らしいですが、ある意味、能力に高さは尊敬していますし、盗めるところは盗もうと思っています。(もちろん、人を追い詰めるような性格の悪さではないですよ!)
アスペ女性は、青いバラ?
  • あすなろ
  • 2015/12/26 (Sat) 11:36:43
娘が、友達に言われたそうです。

あすなろちゃんって、花に例えると『青いバラ』だよね、と。

娘は、友達がどうしてそんなこと言ったと思う?ママは私を花に例えると何だと思う?と聞くので、うーん。わからないけど、バラのような華やかなイメージはないな、と言いました。

でも後から考えたら、何だかこの友達のイメージがすごいんじゃないかと思えてきました。

アスペの娘は、ここでも女性当事者がよくおっしゃるように、黙っていると少し怖いというか、暗い印象を受けます。
感情の起伏は激しいほうなんですが、表情に表れません。

なので、時々突然爆発して、クラスではかなり荒れることもあります。友達とつるんで行動することはなく、彼女を否定的にみる友達も少なくありません。そういう友達とはかなりの対立を抱えています。

けれど、彼女の得意とするところを、尊敬の目で見たり、一緒に行動しなくても、彼女の様子を好意的に見ている友達もいるようです。

今回は、小さい頃からよく一緒のクラスになった友達に言われたそうですが。

青いバラ……

トゲが鋭くて、容易に近づくことはできないけど、何だか魅力的に見える。葉っぱの色に紛れて、よく観察しないと、花が咲いていることに気づかない。
花に気づかない人には、ただのトゲトゲのサボテンに見えてしまうけど、花に気付いた人には、すごく神秘的で魅力的に見える。
だけど、それを剪定したり、より大きな花を咲かせようと、人が手を加えることはできない。

ここに来られているアスペ女性の印象にも共通するのではないかなと感じました。
なるほど 青いバラ
  • ココチ
  • MAIL
  • 2015/12/26 (Sat) 23:43:26
昔 写真で見たことがあります。
私が見たのは、少し うす紫寄りのブルーでした。

Re: なるほど 青いバラ
  • あすなろ
  • 2015/12/27 (Sun) 11:06:30
>ココチさん

実際に青いバラって無いみたいですね。バラの花の色を作る色素に青はないとか。なので青いバラとは紫のバラのことだと思います。

最初は、単にバラみたいと言われたそうです。その後で青いやつって言われたようで、娘を見ていると、真っ赤やピンクや黄色や白とも違うし。
青と限定されて、ああ、納得と思いました。

ちなみに、私はどうかな?と考えたら、アスファルトのヒビに生えて花を咲かせているタンポポを思い出しました。
人目に付かないようにひっそりと咲くバラとは対照的に、一所懸命目立つように咲いているのに、みんなに踏まれてしまうという……(爆)
お調子者で、周りに合わせようと頑張るんですが、空回りや反感を買うなんてことばかりだったので。

同じ発達障害でも、アスペの人とは対照的です。
Re: 発達障害者のかかりやすい自己破壊ウィルス
  • ココチ
  • MAIL
  • 2015/12/28 (Mon) 14:11:59
あすなろさん

ずいぶん対照的ですね。

タンポポ・・・たくましくて かわいい花だと思います。


弱者による弱者いじめ
  • あすなろ
  • 2016/01/11 (Mon) 11:37:22
サッカーの本田圭佑選手が言っていました。

『悩んでいるときには、その悩みは、実は本質から大きくズレてしまっていることがある。本当に必要なことは何なのか、見つめ直さなくてはいけない』(うろ覚えなので、だいたいこんなことだったということで)

本田選手は、ご承知の通り、どんなに叩かれても非難を浴びても、決して自分の姿勢を曲げない人で、その態度がときに、自分本位だとか、身勝手と評されてしまうことがありますが、サッカーに対する研究心と努力は誰も文句はいえません。
勝手なマスコミは、本田選手の不調さえも、『天狗になっているからだ』『チームのことを考えていない』などと揶揄することがありますが、それはあくまで本田選手が自分自身で自分の不調と戦っているに過ぎないし、そんな苦労を敢えて見せる人ではないから、周囲にはそう見えるのでしょう。

本来なら、人とはこうあるべきものなのかもしれません。
自分自身で、自分の問題と向き合うだけであって、人からの評価とか、人の反応とかは関係ない。

しかし、この姿勢は、これまでサッカーをしているすべての人の頂点に立つことができた本田選手だから貫くことができるもので、その自信というのも、努力すれば応えてくれるだけの才能に恵まれていることと、それを盛り立てるように育て上げてくれた周囲のサポートがあってこそでしょう。

つまり、自分自身と本当の意味で向き合うことができるには、それだけ集団から突き抜けた存在にならなければいけないのです。

強さというのは、自分自身の努力も大きいですが、周囲の協力が無ければ得られません。それは幼少期の『あなたはあなたのままでいい』という親の言葉や姿勢が原点になります。親からその言葉を与えられなかったとしても、その後、心からその人のことを大事にしてくれる第三者が現れて、同じ言葉をかけてくれることで代償になるでしょう。

そして、本田選手のような姿勢を貫ける人が増えることが、実はいじめや差別をなくす近道なのだろうと思います。

しかし、こういう人はなかなか育ちません。
特に、少しでも弱点を持っていると、『あなたはあなたのままでいい』どころか、『あなたはそのままではいけない』というメッセージをたくさん受けてきてしまうからです。
中には、生まれてこの方、そういう否定メッセージしか受け取ったことがないという人もいると思います。最初に生まれるはずだった『自信の芽』さえ芽生えず、さらにその上から踏みにじられて、結局違う苗を植え付けられてしまったら、どうやって『自分は自分のままでいい』と思えるでしょうか。
そもそもの『自分』は枯れて跡形もないというのに。

あとから植え付けられた芽さえ、他の人がやってきて『これは違う!』と引き抜こうとします。
あるいは、『それを大事に育てなさいよ!』ときつく言われたのに、土に合わずに枯らしてしまって、『もう、あなたにやる苗は無いよ!』と見捨てられてしまいます。

こういう弱者が生き残る手段として最後に取る策は、自分よりももっと荒れた土地を探して、『ああ、あの土地よりはまだ自分はマシだ』と思うことでかろうじて存在価値を保とうとすることです。
しかし、その土地で災害が起きていたら、なんとかしてその火の粉を回避する方法を考えます。災害から相手を救う手段までは考えつきませんし、そんな余力もありません。


こんな話をするのは、自分自身も、この『荒れた土地』であり、他の『もっと荒れた土地』を蔑んだり、見捨てることで、自分を保ってきたなと思うからです。

中学生のとき、クラスで酷いいじめが起きていました。
ある女子を、ほとんどクラス全員の男子でいじめていたのです。
イジメられていた女子は、そんな状況ですから、ほかの女子と仲良くしたり、笑顔見せたりなどという余裕すらなく、いつもムスッとして孤立していました。
私は、自分もいじめを経験しているので、この状況を見過ごすことはできません。しかし、その女子に話し掛けるという勇気もないのです。
あの子がもう少し愛想良かったなら、いじめられなくて済むのに、とハラハラしながらも、その女子が変わってくれることを願っていました。
それでもイジメはエスカレートして、暴力にまで及びました。
さすがに耐えきれない、けれど、自分で止めなさいという勇気もないし、私の言うことなど男子は聞かない。そこで、直接中学の教員に言うのではなく、小学校時代の先生に相談して対策を聞きました。先生のアドバイスに従って話し合いにこぎ着け、暴力的なイジメそのものは無くなったのですが、その女子は孤立したままでした。

今思うと、あの行動は単に『自分にいつ火の粉が降りかかるか分からない。だからひどくなる前に手を打たなければ』という動機だったんだと思います。
実際、私はそのイジメられていた女子と仲良くしたいとは思いませんでしたから。友達を救いたかったわけではないのです。

そのイジメを見ていて、自分が受けていた時の恐ろしさに戦々恐々としていたのだと思います。

火の粉を振り払わなくてはという危機感とともに、自分のときはここまでひどくなかったし、まだ分かってくれる友達がいた、と、優越感を抱こうとしていたのだと思います。
なので、その女子をどこかで軽蔑していました。しかし、その女子が、本当はどんな性格でどんな趣味を持っているのかなど、まったくわからなかったし、知ろうともしなかった。

追い詰められた経験があると、それを糧にして同じ立場の人を思いやることができるようになる、というのは間違っている。
その経験があまりにもひどいと、フラッシュバックを起こして逃げることをまず考えます。
それは当然の人間の心理でしょう。
それを糧にして思いやりを持てるようになるのは、それ以上に良い人に出会い、良い経験が出来てからです。それが無ければ、『無い袖』は、いくら振ろうとしても振れないのです。

この逃げる手段は様々ですが、一つには私のように、相手を卑下して『あの人より私はマシだ』と思うことで存在価値を見出すことがあると思います。

職場の理不尽なパワハラ、家庭内で起きるDV、子どもの虐待やネグレクト、これらは弱者だった加害者が『この弱い者よりは、自分はまだマシだ』と信じたくて、やっている可能性が高く、その病理に気付けないものは、『自分はその危機を乗り切って何とか自分を保っている。だからこの弱者を救ってやらなくては!』という間違った使命感に燃えてしまっている場合もある。DVや虐待などは、まさにそれでしょう。

本田選手のような域に達することができないものは、必ずどこかに『弱さ』を抱えています。相手の落ち度が見えてしまう時点で、その『弱さ』を投影している可能性が高い。
しかし、その弱さを自覚し、自分がそういう原因でそういう行動を取っているのだと自覚できることは、とても大きな進歩ではないかと思います。

まさに、問題の本質が大きくズレてしまっているので、本当に必要なものは何かを見つめ直すということです。

本田選手のような自信は絶対に手に入りませんが、彼の姿勢には十分学ぶことができるような気がします。
Re: 発達障害者のかかりやすい自己破壊ウィルス
  • にわとり
  • 2016/01/20 (Wed) 13:21:14
お邪魔します。

あすなろさんにお訪ねしたいのですが、アスペルガーが学校で先生から嫌われる原因って何があるでしょうか?

またアスペルガーって空気を読めないと言われますが、定型者が不快になることを言うとか場違いな場所で発言する、一方的に話をするなど以外で、他にも学校生活で空気が読めないと言われる要素って何かご存じの点はありますか?

他にもアスペルガーは自分のことばかりで人への思いやりがないと言われますが、定型者同士でも先生がいない場所で意地悪したり、物を取ったり、気に入らない子を仲間外れにしたりなどの行為をすることもありますよね。アスペルガーの方が優しい一面もあります。
何故アスペルガーだけ人への思いやりがなく、定型者は思いやりがあると言われるのだと思いますか?

ご存じでないなら分からないと仰ってください。ご存じの範囲で教えていただけませんか。
Re: 発達障害者のかかりやすい自己破壊ウィルス
  • あすなろ
  • 2016/01/21 (Thu) 09:55:38
>にわとりさん

広く、アスペだからどう、定型だからどう、と言うことはできませんし、私の考えが一般的にそうなのかは分かりませんので、あくまで、私がアスペの子供を通して、学校と関わってきた経験をお話しますね。

まず、うちのアスペの子どもたちは、どちらも性格や特性がかなり違うのですが、本当に赤ん坊の頃から、私の予想外の行動をすることが多かったということが思い出されます。おそらくかなり早いうちから『違和感』というのを親が感じていて、さらに幼稚園や保育園の集団に入ったときに、ますますそれがはっきりしてくるので、この時点で診断を受ける子も少なくないですね。

この『予想外の行動』というのが、学校の先生や友達が持つ違和感の元になっていて、中には酷い叱責や友だち同士の繋がりから排除するという攻撃的な行動に出る人も出てくるのではないかと思います。

うちの息子は、人と関わりたい意識はとても強くて、相手の言葉や動きから学んでいることも多かったのですが、それがどうも、その場の状況に合わせた言動に繋がらない、録音した音声を流しているような感じで、状況に応じた会話をしている友達の中に入ると、『どうして今、その話をするの?』という『違和感』に繋がって、皆が引いてしまうということが多かったように思います。(本当に小さいときの話です)

また、前にも話したように、先生の指示がひとりだけ理解できずに動けない(アスペには理解し辛い指示の仕方)ということで、『言うことの聞けない子』と思われて叱責されるということもありました。

また、これはブログのコメントでお話したような『ショックをいつまでも覚えている』ということに繋がるのかもしれないと思うのですが、ある友達に嫌なことをされて、喧嘩になった。先生が仲裁に入り、どちらも謝ったのだが、その後も息子はその友達の行動を観察して、ちょっとでもおかしいと思うと先生に言いつけるということをしていました。
先生から、相手が謝ったにもかかわらず、相手を責めるようなことばかり言うので困ると言われたことがあります。
息子がしつこいので、いったんは仲直りしたのに相手も嫌悪感を抱くようになり、それからまさに犬猿の仲になりました。(これが幼稚園のときのこと)小学校、中学と一緒だったのですが、相手に友達が増えてくると、一緒に息子をいじめるようになったということもありました。
おそらく相手は何時、何があったかは覚えていないと思いますが、『あすなろは嫌な奴、嫌い』というのが無意識下に定着してしまったんだと思います。

先生との関わりでは、やはり『言うことを聞かない』『普通は怒らないようなことで怒りだす』『ルールが守れない』といったことで、『予想外』の行動をするので、どう扱っていいのか分からない、叱っても効果がない、ということで先生が困るということが多かったです。

この『言うことを聞かない』というのは、指示の仕方がアスペには分かりにくいということ。
『普通は怒らないようなことで怒る』というのは、息子には聴覚過敏があるため、休み時間や給食の時間が苦痛だったんですね。なので、定型には『楽しい』はずの時間が、一番苛々する時間だったので、トラブルが多かった。先生には『なんでこんな楽しいはずの時間に、みんなと仲良くできないの?』と思えるわけです。
掃除の時間など、机を引きずる音が苦痛でロッカーと壁の狭いすき間に入り込んでじっとしていたことがあって、先生や友達には『掃除をさぼって遊んでいる』と見られてしまうわけです。
刺激が強すぎて耐えられないときに、友達が話しかけてきて、振り払った瞬間に友達の腕に鉛筆が刺さってしまったなんていうトラブルもありました。
あとは突然教室を飛び出していってしまったり。(これもおそらく、何かの刺激に耐えられなかったんだと思います)
しかし掃除をしなかったり、教室にいられなかったりすれば、『学校のルールが守れない問題児』と見られてしまいます。

まあ、幼少期から、これだけ目立つことをしていれば、嫌でも学校中の話題になりますし、そのままだったら先生も『困った問題児』と見ますし、友達も『危険なので近づかない』となります。

息子の場合は診断を受けていたので、入学前から学校側にアスペであることを話していました。
しかし、アスペという診断名だけ話しても、学校の先生に発達障害の知識がないので、どう対処していいのか分からないわけです。私から常に『これはこういう意味があるのです。こういう風に対処してください』と伝えていましたが、やはり知能に遅れがないということで『こんなに分かるのに、障がいなんてことは無いでしょう!わざとやっているに違いない』と聞き入れてもらえなかったこともたくさんあります。主治医や心理士さんに出向いてもらって解説してもらったことも何度もあります。それでも理解してもらえないこともありました。

最近は学校でも『発達障害』の認知度が上がってきて研修を受ける先生も増えてきましたが、やっぱり根本的な理解をしている人は少ないので、最終的には『こんなことをするのは、障がいじゃなくわがまま、躾が足りない』と考えてしまう先生の方が圧倒的に多いです。

意識して研修を増やしてきた『学校現場』でもこんな状態なのですから、社会、一般人などは、アスペと言っただけでは理解できないと思いますし、逆に『アスペって変なことをする人だよね』なんて勝手な偏見を持っている人も多いと思います。
息子が幼稚園の時にトラブルを起こした友達などが、息子がアスペだと分かったら『ああ、あの嫌なやつ?』とまさに偏見を抱いて吹聴するかもしれません。

定型が、アスペと知ってわざと排除するというよりも、アスペの認知度が低かった時代に『予想外の行動をする変わった子』という認識が出来上がってしまったために、偏見を抱いている人が少なくないと私は経験上感じます。

アスペの方が経験した学校でのトラブルは、ニキ・リンコさんや、沖田×華さんなど、当事者の方が出されている本の事例を見ると、「あるある」と思えるかもしれません。
おそらく本人はいたって自分の感覚に忠実でまじめに生きて来た方が多いと思いますが、定型の想像がつかない行動をするというのが、トラブルの原因になる大きな要素ではないのかなと思います。
Re: 発達障害者のかかりやすい自己破壊ウィルス
  • にわとり
  • 2016/01/21 (Thu) 19:33:52
あすなろさん

答えていただいてありがとうございます。

>先生の指示がひとりだけ理解できずに動けない(アスペには理解し辛い指示の仕方)ということで、『言うことの聞けない子』と思われて叱責されるということもありました。

発達にはありがちなことですね。私もありました。

感覚過敏は私は息子さんほどはひどくないのでわかりませんが、感覚過敏があるとちょっとした刺激にたえられなくていろんな問題が起きるんですね。
悪意がないのに問題児だと取られることが辛いですね。

他にもあすなろさんの事例を持ち出して申し訳ないのですが、先日知人の方からイベントの仕事を押し付けられた話をされてましたよね。
その原因はご自分では「相手が求めることを察して動けなかった」「定型者からみたらあすなろさんは何もしないのに口だけは出すと見えていた」ことが原因だとおっしゃってましたよね。
こういう感じのことは学校生活でも求められているのでしょうか?
(もし求められていたのであれば、私は「空気が読めない子。その上指示をしてもまったく動かない。自分勝手な子」と発達障害の知識がない先生が受け取るのは自然なことですね)。

また質問で申し訳ないのですが。
>その後も息子はその友達の行動を観察して、ちょっとでもおかしいと思うと先生に言いつけるということをしていました

それはその友達が息子さんや他の子に意地悪していたことを先生に言いつけていたとかではなくてですか?

これは息子さんの事例とは違いますが、
定型者でも先生から注意を受けてるにもかかわらず、定型者同士でも人の物を取ったり、人に意地悪したり、仲間はずれをしたり、そういった行為を繰り返すこともありまよね。子供は未熟ですから誰だってあると思います。
しかしそういう定型者はその都度しかられることはありますが、先生から問題児扱いされないように思います。それは定型者の中では「想定内の範囲」だから問題児扱いされないのでしょうか?
(わからなかったらわからないで答えていただけますか)

これで最後にします。
Re: 発達障害者のかかりやすい自己破壊ウィルス
  • ひばり
  • 2016/01/22 (Fri) 00:26:54
にわとりさん

あすなろさんも答えづらいとおっしゃっていますので、あまり質問攻めにされても答えづらいと思いますよ。

>定型者でも先生から注意を受けてるにもかかわらず、定型者同士でも人の物を取ったり、人に意地悪したり、仲間はずれをしたり、そういった行為を繰り返すこともありまよね。子供は未熟ですから誰だってあると思います。

その年齢では自然な振る舞いだからです。
もちろんその場では叱りますが、先生達も子供時代に同じことを経験しているので成長と共に直ることだと思っているのだと思います。
しかしアスペルがーの振る舞いは自分たちの年齢では考えられなかったことだから困惑するのです。
Re: 発達障害者のかかりやすい自己破壊ウィルス
  • あすなろ
  • 2016/01/22 (Fri) 09:20:58
>にわとりさん

前のコメントを書きながら気付いたのですが、自分の経験だと、それがどういう原因だったか、どうすればよかったかということが分からないのだなと思いました。

息子のことに関して、第三者的に学校と関わって、全体像が見えたのかもしれません。

息子当人に、『こういうことが原因じゃない?』と言ったとしても、解決できないでしょうね。
息子の事例から、自分のことを振り返ってみても、やはりこれといった原因ははっきりしませんし、私の憶測や思い込みが大きくなってしまって、正しく分析することは出来ないように思います。

ただ、本人が辛かった、悔しかったと思う気持ちがすべてなので、それを解消するためには、分析して直接訴えて得るものがあるのか、それとも抗えないものだからうまく回避してしまったほうがいいのか、その点がいちばん重要なのかもしれません。


はっきり言うと、現在の学校教育は歪んでいます。
ほかのところで、学校からどれほどの『偉い人物』を出したかということをアピールするなら、その学校からどれほどの犯罪者が出たかも報告するべきだ、などという意見を目にしましたが、日本国民ならみんな学校に通うのですから、『偉い人』と同じ確率で『犯罪者』がいてもおかしくないわけです。
つまり日本の社会の縮図がそのままあるはずなのですが、悪い面は隠ぺいして良い面だけを広めようとしている極端な動きがあるのです。
先生は本来、そういった子どもたちをすべて平等に見なくてはいけないが、それは人間には無理な話です。なので見方が一元的になってしまうのは仕方ないことです。
偉いといわれた人間が、実は犯罪を犯す危険のある人だったなんてこともあるわけです。

こういったいろんな要素が絡み合っている学校が、絶対の場ではないということだけは真実だと思います。
Re: 発達障害者のかかりやすい自己破壊ウィルス
  • にわとり
  • 2016/01/22 (Fri) 21:37:24
ひばりさん

定型者の感覚では想定内の範囲なんですね。ありがとうございました。


あすなろさん

質問ばかりしてすみませんでした。お付き合いくださってありがとうございます。
学校そのものは歪んでるのかもしれませんが、それを言うなら発達障害を差別してるのは社会全体ですから社会全体が歪んでるように思います。
Re: Re: 発達障害者のかかりやすい自己破壊ウィルス
  • あすなろ
  • 2016/01/23 (Sat) 07:49:31
>にわとりさん

そうです。社会がゆがんでいる。学校はそれを反映しているだけです。
しかし、共同幻想というのは、必ずどこかに歪みがあって、誰かが絶対とすれば、誰かがおかしいと言います。この『おかしい』から、また共同幻想が修正されていくんだと思うので、その認識を持つのはとても重要だと思います。
『おかしい』が主張できなくなった社会が、『KT国』や『IS国』ですよね。
だから歪みに気付いたときが、進歩するきっかけになります。

確かに、ひばりさんがおっしゃるようにkagewariさんはかなり卑屈な見方をされているように感じられるかもしれませんが、社会が進歩するために重要なことを言っているんだと思います。
Re: 発達障害者のかかりやすい自己破壊ウィルス
  • あすなろ
  • 2016/01/31 (Sun) 08:44:16
あるところで、双子のアスペの方のことを知りました。
許可を取っていないので、表現を濁しますが、プライバシーに抵触するようでしたら、管理人さん、削除してください。

二人は育った環境が違うので、似たような性格でも価値観が大きく違うようです。
方や社会人として働いており、方や引きこもりになっている。その二人が一緒に暮らし始めて、価値観の違いから歩み寄ることがとても難しいようです。社会人となって外に出ている方は、引きこもりになって家にいるきょうだいをどう扱っていいのか分からない。腫れ物に触るように接しているそうです。
引きこもりの方が、ある時、非常に危険なことを言い出して、それを咎めたところ、部屋にこもって出てこなくなってしまったそうです。食事も摂らずに、心配だけど、どうして良いのかわからない。
しかし、引きこもりの方の言うことの根底は真実であり、自分にもそんな思いがある。しかし、社会で生きていくためにはそんな思いを押し殺して順応していかなくてはいけない。確かにそれはとても苦しいけれど、それでも生きていきたいから我慢する。と言われていました。

たとえ育った環境が違っても、アスペであることによって受ける不合理なことというのは、同じであり、しかし、その環境によって、自分の悔しさや怒りを封じてまでも生き抜こうとするか、それらの感情に翻弄されて生きる気力さえ失ってしまうか、その違いは大きいのだと思います。
どちらにしても、アスペであることで受ける社会的制裁というのが、相当に大きく、受けた本人の悲しみ怒りというのは、定型には想像もつかないほどのものなのだということがわかります。
確かに、我が家の二人のアスペの子が、これまでまったく排除を受けなかったということはありません。その度合いや事が大きくなったかならなかったかは、まさにタイミングと言っていいでしょう。二人とも特性が大きく違うのにも関わらず……です。
まるで宿命かのように、定型の自覚ない悪意に晒されてしまうのです。
社会に順応しているアスペの方は、そうした理不尽さを解消する場がなく、仕方なく自分の中で押さえ込んで順応している。それは相当な労力であり、強さを持っていなければできないことなんだと思います。
Re: 発達障害者のかかりやすい自己破壊ウィルス
  • 管理人
  • 2016/01/31 (Sun) 12:53:03
あすなろさん

これはまた考えさせられる話でした。可能な範囲でもう少し具体的に教えていただけると嬉しいです。双子でいらっしゃるとのことですが、一卵性かどうかも気になりますね。
Re: Re: 発達障害者のかかりやすい自己破壊ウィルス
  • あすなろ
  • 2016/01/31 (Sun) 16:24:30
>パンダさん

私が勝手な解釈で紹介するのも何なので、この方のブログの中でも特に印象深い記事のリンクを貼らせていただきます。
この方の言葉や壮絶な生き方を知るたびに、心が傷みますが、同時にまだまだ自分は甘いなと思わされます。

http://miraimirai.blog.jp/archives/1041811329.html
Re: 発達障害者のかかりやすい自己破壊ウィルス
  • パンダ
  • 2016/02/01 (Mon) 18:47:28
あすなろさん

ありがとうございました。ブログだったんですね。
また参考にさせていただきます。
侮れない、発達障害者の知覚過敏!
  • あすなろ
  • 2016/02/06 (Sat) 15:26:18
アスペの息子には、聴覚過敏があって、幼い頃からそのせいで色々とトラブルが起きていたという話を、ここでも書きましたが、先日、上の娘が遊び半分で、どこまで超音波を聞き取れるかなどということをやっていました。アプリか何かで、様々な周波数の音を出して聞き取れるか試すのですが。
人間の聞き取れる音の現界はだいたい2万ヘルツで、それ以上は超音波になるそうです。
小さい子だと3万ヘルツくらいまで聞き取れることもあるそうなのですが。
その限界の2万ヘルツが聞き取れるかどうか家族で試したところ、息子以外はなんとなく聞こえるか聞こえないか、あるいは全く聞こえないかという感じでした。
しかし、息子は「頭が痛くなる止めてくれ!」と1メートルくらい離れたところで言うのです。
娘は、他にもいろいろ試していましたが、息子はかなり離れたところからほとんどの音が聞き取れ、しかも耐え難い騒音だったそうです。

アスペの困難さを最初に私に教えてくださった通級指導の先生が、教室のテレビを消して、『今、何か音が聞こえますか?』と聞きました。わたしが『いいえ、全く』と言うと、『この状態でジーという通電の音がはっきりきこえる人がいるんですよ。過敏性がある人は、こんな静かな空間でもストレスになるんです』と教えてくれました。
あるいは、ラジカセを大音量で流して、過敏性のある人は常にこんな状態で生活しているんですよと感覚を教えてくれました。
過敏性のある本人は、生まれたときからそれが普通の状態なので定型とどこが違うのかは分からないと思います。けれど、定型がうるさいと感じる程度の音は、ライブハウスにいるような騒音であって、それが続くと神経に障りますよね。
ここでもたびたび話題になる狸穴猫さんは、デジタル耳栓を使うようにしてから、生活が断然楽になったと言われていますが、本当に感覚の違いというのは大きく、その分、定型の比ではないストレスを常に受け続けていて、疲労具合もちがうのだろうなと感じます。

ちなみに、同じアスペでも、下の娘の方は逆に聞こえるはずの周波数が聞こえませんでした。息子とは対照的にこれは鈍磨というものなのでしょう。しかし、娘は視覚に過敏性があるらしく、小さい頃は蛍光色が怖いと言って泣いていました。今でも目にした物の微妙な色の違いなどが分かります。しかし、日差しの強いところではとても目が開けづらくて苦労するようです。
Re: 発達障害者のかかりやすい自己破壊ウィルス
  • タユミ
  • 2016/02/07 (Sun) 05:12:41
 あすなろさん、これまでの記事拝見しました。思うことがあって書き込みいたします。
 聴覚過敏のお話私にはすごく理解できます。
 私は物心ついたときから、幻覚、幻聴のようなものを見たり、聴いたりしていました。
 ずっとその正体を知りたく、つい数年前理解に至りました。
 聴覚過敏はもちろんことあったのですが、私には音としての固定された記憶が全く劣化しないという事態が起きていたことに気づいたのです。
 私とその記憶というか感情といったものの位置が理解でき、音楽を聴くと当時固定された感覚が、全く劣化せずに起きてしまいます。
 幼い日に聴いた音楽にしろ同じように反射されるように、固定された感覚というか記憶があって追体験するような感じです。
 当時はただのトラウマによるフラッシュバックか、二次障害がひどくなってるのか、いろいろ考えましたが、どうも共感覚に近いものがあって、今ではそうではないかと思っています。
 文字ではうまく説明できませんが、当時の幻聴や幻覚はこの音に対する共感覚から起きたのではないかと推測しています。
 これは私の意志とは全く関係なく起き繰り返されてしまいます。
 つい数年前、親友と会話をしているときにどうも齟齬が生じていることに気づいて、確認をとっていきました。
 実は発達障害とは全く因果関係がないですが、どうも私は関わっているような気がするのです。
 それというのも、親友に、
 「風邪をひくと風邪の気持ちになるのがいやだ、熱はどうってことない」
 と、言ったときにそれはおかしいということになり、延々とその風邪の気持ちを説明したのですが、理解されませんでした。
 私は風邪になると全く同じ気持ちというか、感覚に縛られます。
 こう考えたときに、どうも私と定型の方を比べたときに、少しクオリアが変質しているのではないかと思ったのです。
 そのずれというかそこは本質の部分が少しだけクオリアが変質し、その少しのずれが定型の方と私たちとを大きく妨げているように思えるのです。
 
 
Re: Re: 発達障害者のかかりやすい自己破壊ウィルス
  • あすなろ
  • 2016/02/08 (Mon) 09:10:39
>タユミさん

直接お話させていただくのは、はじめまして。よろしくお願いいたします。
別スレを拝見したところ、タユミさんはADHDの傾向を持っていらっしゃるということでよろしいでしょうか?

以前、ASDの方で、視覚優位の方が、タユミさんの記憶の質と同じような映像記憶をもっていらっしゃると、この掲示板でお話されていましたが、視覚と聴覚の違いがあっても同じような記憶方法なのかなとかんじました。

私の理解では、
例えばタユミさんがオーケストラの演奏を聴きに行った。誰でも知っている曲、例えばベートーベンの運命とか、そういう曲だった。その演奏の一部で、トランペットが音を外した。あるいは客席から咳払いが聞こえた。
普通の人はベートーベンの曲を聴いてきた。となるものが、タユミさんには、外したトランペットの音も、客席の咳払いも、ひとつの音の情景となって記憶されている。それが意識しなくても、突然思い出されることがある。
そんな解釈でよろしいでしょうか?

何となく、『思い出話』と混同しそうですが、そうではない深いところに刻まれた鮮明な記憶ということですよね。

息子の聴覚過敏も、ただ良く聴こえるという程度のものではありません。息子は姉がふざけて流した『超音波』に、耳を塞いで「止めてくれー」と転げ回っていました。普通の人からしたら聴こえない音が、息子にはどんな音よりもダメージを与えるものだったわけで、周波数とか音量とか、そんなもので測れないその音に対する『記憶』がダメージを与えるのだと思います。
知識として聴覚過敏は理解していましたが、数値に表れて、ここまで感覚の違いがあるのかと改めて分かったというところです。
その感覚を持ち合わせていて、問題が起きたか起きないかで、発達障害と結びつくのかなと思います。
息子はこの定型には理解できない聴覚過敏で、小さい頃は教室を飛び出してしまったり、給食の時間にパニックになって騒いだりということがあったので、それも含めて発達障害が問題化したんですよね。
後は、雷に非常に恐怖を覚えるのですが、小学校の高学年になっても雷に怯えていると、友達から白い目で見られたり、教師からそんな大げさに騒ぐなとしかられたり、なんてこともあります。
感覚的にここまで大きな違いがあると分かっていれば、仕方ないと見られるのでしょうが、定型の感覚からすれば、男の子のくせに我慢が足りないとか、大げさなヤツとか、情けないとか、そういう評価を受けてしまうわけです。
これはすごく見えにくくて、でも非常に大きな問題だと思います。
Re: 発達障害者のかかりやすい自己破壊ウィルス
  • タユミ
  • 2016/02/08 (Mon) 19:21:29
 あすなろさん、私はもういい大人ですが、(30代)この歳になっても、嫌な音を聞くと、いわゆる大げさにいうと発狂とでも言いましょうか、それを抑えるのにも苦労します。
 お子さんのお気持ちと私の気持ちの多寡はあれど、理解できると思います。

 私はいわゆる落ちこぼれというやつで、当時連絡帳には『五分とじっとできない』と書かれていたり、
 簡単な計算ができなくて困っていました。
 それは今でもあって、同じようなところで何度もつまづいて、どこかではわかっているのに、なんと説明したら良いか『空白』がやってくるのです。
 それでも私のいた小学校は全校生徒が33人という過疎状態で、複式学級をしており、先生は親、生徒は皆家族、これに本当に救われておりました。
 夜眠れないという状態もありこの歳になっても変わらず、当時私は小学生にも関わらず、親が経営していた漁業に、0時から下手をしたら学校をいかず、昼まで大人顔負けの仕事をしていました。
 未だにこの眠れないということ。怪我をしやすいということ。この二つは完全に改善することはできないだろうと思っております。

 ただ先生や周囲の状況によってひどい言い方をすれば『迫害』にも似た状況になった記憶もあります。
 これは相互理解がないままレッテルを貼られた状況によく陥り、一端こうなってしまうと、虐めや体罰がなくとも、修復ができない、不可能な状態が続いていました。
 今思えばもっと、私たちによくいる。家族以外の身内、自分語りができる人に頼れば良かったと感じております。
 
 
 
Re: 発達障害者のかかりやすい自己破壊ウィルス
  • あすなろ
  • 2016/02/10 (Wed) 09:26:06
>タユミさん

様々な経験をしてこられたんですね。
ASDとADHDでは、何が定型との齟齬になるかは大きく違うような気がしますが、多数派ではないため理解されず排除を受けることが多いという点では同じなのかなと感じます。

>家族以外の身内、自分語りができる人に頼れば良かったと感じております。

厳しいようですが、タユミさんの世代では、これが出来る人はほとんどいなかったのではないでしょうか。『自分語りができる』人は、発達障害の本質を理解して自己コントロールができる人であって、タユミさんが頼る世代にはほとんど皆無だったと思います。
特性を持っている人はたくさん居たのでしょうが、それを何とか誤魔化しながら、生き抜いてきた人がほとんどだったと思います。
ましてや発達障害に関する研究もまるで誤解だらけでしたから、当事者自身も『恥』の部分であると捉えて隠そうとしていたのだと思います。

私の父も、今考えればADHDだったと思いますが、『俺はダメだ。俺はおかしい』と自らを追い込んでいました。定型との違いが何なのかは分からないけど、定型社会には馴染めないことは実感していて、常にそれを『恥』と思っていました。父が何でそんなに自信がないのか、子どもの目にはさっぱり分かりませんでしたが、本当にこまごまとしたことで常に齟齬を感じていたのだと思います。

聴覚の違いも、改めて数値に表わされて、初めてその違いの大きさに気付くもので、タユミさんがご友人に訴えようとしても伝わらなかったのは、定型とのはっきりした比較の基準が無いからですよね。数値に表れても、それが音の強弱の違いの感じ取り方でしか比較できず、音の質での感じ取り方の比較はどうやってもできません。

おそらく聴覚過敏の違いはその一部であって、それ以外の定型との基本的な感じ取り方の違いがことごとくあるのではないかと思います。
それを当事者が当事者の実感で語りはじめ公開するようになったのは、ネットが普及してからですし、ようやく、これまで定型者との違いを『恥』としか思えなかった当事者が、自分語りをできるような時代がきたのだなと思います。そこから情報を集めて分析、研究していくことで、発達障害の認識も大きく変わってきてくれるのではないかと思っています。

ちなみに、視覚優位の私は、抽象概念や文章を必ず脳内で画像に変換して理解します。
幼い頃からそうだったので、これが普通の人の感覚なのだと思っていました。

例えば、小学生の頃は、善悪を判断するのに、頭の中に仙人のような老人と、男の子が登場していました。そして、ふたりで議論するのです。男の子が『これがしたい!』と駄々をこねるのを、老人が『これこれ、そんなわがままを言ってはいけないよ』と諭すとか(笑)もちろん成長とともに消えましたが。

あとは一年間の認識は、私の中で色相環にイラストが付いたようなカレンダーが存在します。
春休み、というと、冬の白い雪の中から少し色味が付いてきたところから、花が満開になってピンク色になっていくまでの間とかいうイメージです。
これは昔から今まで、ずっと変わりませんね。

時間もアナログ時計の文字盤を思い浮かべないとうまく測れないし。

これが普通の人と大きく違うんだ、視覚優位だからこその感覚なんだと知ったのは、本当に発達障害を自覚し始めたごくごく最近のことですし、発達障害を知らない身近な人に話したら『頭おかしいんじゃないの?』といわれそうなので、話せませんね^^;

相互理解はぼちぼちなのでしょうが、最近になって急激に情報が得られるようになってきたのは、希望のもてる兆候なのではと思います。
Re: 発達障害者のかかりやすい自己破壊ウィルス
  • タユミ
  • 2016/02/11 (Thu) 19:15:05
>あさなろさん

ご指摘の通り、私たちの世代はそれはもう苦労がありました。(自分で言うのもおかしいですけど。)
私は幼い頃より、『漠然と決定的に何かが違っていて、ふと誰かが自分に当てはまることをいってくれるだろう』とこういった思いに取り憑かれておりました。
LDがあるので、何度先生方に単純な計算を教えてもらっても理解できず、アナログの時計を読めるようになったのは、小学校6年くらいで、なぜかあの長針短針が理解できずわからなかったのです。
読み書きの部分の朗読では常につまり、ぼーっと立っている状態がよくありました。
今はこうして文章を書き綴っておりますが、詩を書くのが好きで、小学校の頃は俳句でしたが、それが少しずつ変化をし、俳句→詩→小説のような流れになったからです。
赤川次郎から東野圭吾まで小説をただひたすら模写し、どうしても当時描きたかった物語を進化させたかったのでしょうね。
ただ今、思うと、自己において最も足りない部分を何かに変換し『質』として捉えようとしていたのかもしれません。
LDにおいての計算などは……言葉ではうまく説明できませんが『全体を俯瞰するようにし、まるごと記憶する』それを組み立てずに記憶の表層では忘れて、記憶の奥で蘇らせるというようなことをしています。

ただまさか、こんなお話ができる人に巡り会えると思ってなく、そこはかとなく、あすなろさんに感動してます。
心からのお礼を貴方に。

ただ私もこういったこと事態すべて普通のことで、世の中の人はそういう考えかたをしているんだと、もの凄い誤解をしていました。
ただ悪いことばかりでもなく、季節が変わるとその特定の感覚に縛られ、臭いが強い日、良い音がする日、泣いた日、つらい日……それら五感が混ざり合い、識別が完全にできてしまう。清濁併せ持つこの触感とでもいいましょうか。
今の私はそれが少し、いえ昔より随分と好きになれました。
本当にありがとうございました。
Re: Re: 発達障害者のかかりやすい自己破壊ウィルス
  • あすなろ
  • 2016/02/13 (Sat) 09:32:42
>タユミさん

最近、続けて、アスペルガー+ADHDの女性と、LDの男性の半生を紹介する番組がやっていました。
タユミさんのご経験とも似たような場面があって、この番組をご覧になったら良かったかなと思いましたが。

世界仰天ニュースという番組で、アスペの女性は、アズ直子さんという女性実業家、LDの男性は南雲明彦さんという支援団体を経営されている方です。
よければ動画など探してみてください。

私は、主にツィッターで当事者の方や支援者の方の意見を拝見していますが、本当に濃い情報がいっぱい得られますよ。
タユミさんが、自分だけだと思われていた世界が広がるかもしれません。
そんなところからも、今はたくさん情報が得られるので、納得できることがたくさん見つかるかもしれませんよ。


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