リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • あすなろ
  • 2017/03/02 (Thu) 09:19:20
パンダさんのブログの題名から、件名をアスペと定型の差とさせていただきましたが、単純に二つの枠の違いではなく、色んな要素が絡んでいると思うので(例えば、私のADHD的気質が大きく、定型とは言えないところなど)、私が経験した違いについて、お話します。

まず、息子との関係について、最近は良好だと思っていたのですが、息子の方からこんなことを言われてしまいました。

『俺はここ数年怒っていない。怒る気もあまり無くなったけど、さすがにこの俺でも怒りたくなる発言があるぞ』

要は私の何気ない言葉にカチンと来たことをこう言って感情を抑えようとしていたようですが、それは、前日の出来事を何気なく、ちょっとテンション高めに話していたときのことです。
話題は、『昨日、楽しそうにしていたね』という息子の言葉から始まったのですが、その中の話に一部息子が聞きたくないものがあった。その時点で止めてと言われたので私は黙ったのですが、その後、ずっとその話をしたことを責めるような言い方をしたので、私の方も、『その話題は嫌だと言われたので黙ったのに、いつまでも引きずらないで!』とキレ気味になりました。
すると、今度は『その声のトーン、キツイんだけど』という話に。
確かに、ADHDの私の話すスピードや声のトーンが息子の神経に障るというのは、前々からあったことです。

以前からこんな行き違いがあり、これは、アスペの夫や娘ともよく起きることです。
うちのアスペ家族が個人的に大事にしていること、こだわっていることにまで考えが及ばず、失言をしてしまう。以前はそれがなぜ失言になるのか分からなかったために、言い訳をして余計にこじれていたのですが、そこは、指摘されたら止めるように気をつけています。
しかし、止めても、どうしても気になるようで、今度はその話題に執着したり、そういう失言をした私の失態をいつまでも責め続ける。結局、息子の方の気持ちが収まるのを待つしかない。
その間、どちらかが興奮してしまったら大ゲンカになってしまうという構図です。

もう一つ、仕事上で接しているアスペのお子さんとの関係。そのお子さんが、他の友達と一緒にイタズラをした。
私が、他の友達も一緒に、全体に注意する。

すると、自分がなぜ注意されなくちゃいけないのかと怒り出す。

その子の内面には様々な葛藤があって、本当はいけないと分かっていたけど、友達がやっているので便乗してしまった。あるいは、自分はちょっとした出来心だったけど、それに被せて友達も同じことをやり出し、結局、大きなイタズラになってしまった。そこまでは自分の責任ではない。

どうやら、そういう主張をしたいようなのです。

見えている範囲が、自分を中心とした世界だと、一緒にやったという意識はなく、便乗してきた友達が加害者に見えるのは理解できるように思います。

息子が嫌なことを言われたという感覚も、私にはそれが息子にとって嫌なことだと理解できていなかったという視点が無いと、また不快な発言をされたという被害意識になるだろうなと。

息子が頑張っているのは、そこで怒りを露わにしてはいけないと抑えていることで、私の態度に腹を立てているのは変わりない。

根本的に、そういう行き違いが、感情が伴った時に、大きな争いになるんだろうなと思いました。
集中力の途切れと、視点の置き方
  • あすなろ
  • 2017/04/01 (Sat) 06:25:28
アスペの夫がよく、「これをやっておいてくれ!」と一方的に言ってくることがあります。私にその余裕がない時も、こちらの事情は分からないようです。なので、「○○なので、できない」と言うと、できないということが気に入らずに怒り出すことがあります。
以前は全くこちらの事情は考慮せず、どんなに事情を説明しても、『できない』と言われたことを『拒絶された』と取ってしまうのか、逆上することが多かったのですが、最近は「できれば」とか、付け加えるようになりました。おそらく、こちらの事情を考慮しなければと気付き始めたのか、こちらの予定を聞くようになりましたが、私の予定をいちいち聞くようになりました。しかし、あまりにもしつこく予定を聞いてくるので、詮索されているようでとても嫌な気分になります。しかも、ただ予定を聞くだけで、「今日は休み」と答えると「○○と△△をやっておいて」とまた一方的に押し付けてくるので、安易に予定を答えることもできません。
夫には、相手の事情を考慮するというのは、予定、体調、気分、行程、様々なことが絡むと言うことが理解できないようです。

また、やってほしいと言われたことは、夫が少し時間を作れば自分で出来ることなので、「自分で出来ないの?」と聞いたところ「その時間はぼんやりしていて忘れてしまう」と言っていました。
夫は、仕事の日は仕事の事だけ考えているので、その他もろもろの視点を持つことが難しいのかな?と思います。

息子はそんな一方的な夫の様子を見てきて、できるだけ頼まれたことはやらなくてはと思っているようで、自分の事情をうまく説明して断ると言うことが苦手です。「出来たらやっておいて」と頼まれると、出来ても出来なくてもやろうとしたり、以前出来なかったことはどんな状況でも断るという両極端の反応をします。

対して、ADHDの私は広く浅く物事が見えてしまうので、この場合はこれ、この場合はこれ、みたいなパターンが一度に頭に浮かんでしまいます。しかし、どれも浅いので、やった結果まで予測することができません。『とりあえず、やってみて、ダメならごめんねでいいか』みたいに考えてしまいます。
これは仕事ではご法度です。なので、仕事では慎重に考えようとするので、家族に対しては、『家の中くらい適当にやろうよ!』と考えてしまいますが、きっとアスペの家族にとってはその『適当』が一番ストレスの溜まることなんだろうな?と思うようになりました。

アスペの方には、夫や息子の感じ方は理解できると思われるのでしょうか?
私のようなADHDのテキトー感覚はキツイでしょうか?
Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • キキ
  • 2017/04/01 (Sat) 11:30:08
おはようございます、先日はコメントありがとうございました、ずいぶんとその日、気持ちを楽に仕事することができました!
「図々しく、図々しく」と頭の中で反復してると、ちょっと楽しかったです(^ ^)

今回の話を読んで、次の部分に驚きました。
「対して、ADHDの私は広く浅く物事が見えてしまうので、この場合はこれ、この場合はこれ、みたいなパターンが一度に頭に浮かんでしまいます」

一度に色んなパターンが浮かぶんですか?
私はほぼ、頑張って考えて1パターンくらいだから、変えるのが苦痛(また考え直さないといけない)という感じかもしれません。
アイデアみたいには浮かばないです。
でも、いくつも同時に浮かんでしまうのも大変そう。
それはテキトーにならざるを得ないですよね。
なんか、そりゃ仕方ないわー、と思いました。

夫さんや息子さんはどうなのかわからないですけど、私だったら、「えー、だめだったら次のパターン?またそれについて考えないといけないのはしんどい、だから決めようよー」かもです。
なんせ、「アイデア」とか「クリエイティブ」とか「デザイン」とか、超苦手なんですー。

そっかー、パッと同時に色んなものが浮かぶんですねー。
キキさんへ
  • あすなろ
  • 2017/04/01 (Sat) 14:55:04
そうですかー!良かったです。

何を隠そう、私はつい最近まで悶々としてましたよ。職を転々とすればするほど、どこでも使えないヤツというのが確信されてしまって……。ようやく、職場が変われば1からやり直しになるのだから当たり前なんだと分かってきました!

それぞれの業種、職場には、そこにだけしか通用しないルールがあるので、やっぱり一つのところで長く勤めるに越したことはありません。色々出来て楽しいっていう面もありますが(^^;)

ASDとADHDを両方持っていらっしゃるキキさんの感覚はまた興味深いです。我が家でいったら、娘はそういう感覚なんだろうな。ADHDがあっても、一つのことにとことんのめり込むタイプなので。
私はADHD面でいったら重度になるのかも?

仕事で見ているお子さんも、ADHD強い子は、向こうの方で何かやっていたと思ったら、こっちに飛んできて、また向こうに戻ってみたいな繰り返しです。困った子と見られるけど、実際どうしてそうなるのか分かる気がする!どちらの情報も入ってきて、どっちも捨てがたいって感じなんだろうな?と。

しかし、周りは落ち着かないですね。
結局どっちなんだよ!!って言いたくなる。

じっくり取り組みたいASDの人には天敵ですねー!

なんか水と油のような気がしてきた!
他人だからこそ、ま、いいか!で済ますことができるのかもしれません!
今日は世界自閉症啓発デーです。
  • あすなろ
  • 2017/04/02 (Sun) 11:35:38
厚生労働省 世界自閉症啓発デーHP

http://www.worldautismawarenessday.jp/htdocs/

ちょっとイベント化しているのが気になりますが、その中で有意義な情報も得られるのではないかと思っています。
ネットサーフィンしてみてはいかがでしょうか?
Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • あすなろ
  • 2017/04/12 (Wed) 21:36:23
Katzさんが具体的な仕事論を書かれているので、参考になりますが、同じく発達障害者が社会に出ていくための留意点を面白い例えで書かれている記事を見つけたので、貼り付けておきます。

なるほど!わかりやすいです。

http://syakkin-dama.hatenablog.com/entry/20170411/1491919642
Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • あすなろ
  • 2017/04/20 (Thu) 09:47:22
仕事上で接した発達障がいのお子さんで、こんなに感じ方も対応も違うのか~!と思った出来事があったので、書いておこうかなと。

この掲示板の話題の中心はASDですし、今は、発達障害児の療育というとASDが真っ先に語られることが多いのですが、ADHDやLD(学習障害)は、感覚的に真逆のことが多いのかもしれないなと。
この場でいえば、アスペの方の感覚より、パンダさんが語る『定型』の実感に近いんだろうなと。その『定型的感覚』が極端に出てしまう『発達障がい』もあるのだなあということです。

裏を返せば、療育などを職業とされているアスペの方は、定型の感覚を知識として知っておく必要があるのではないかと。

私が見ているお子さんには、もちろん典型的なASDと言われる子も何人かいます。ちょっとした言動や相手の行動に過剰反応をしたり、感覚過敏で刺激に弱くパニックを起こすお子さんもいます。
慎重に付き合うとなると、なるべく刺激となることを避けようとしますし、療育でも刺激を少なくしようという動きが主流になってきました。療育対象のお子さんにはASDの子が多いので、それでうまくいくケースも多いのですが……。

今回話題にしたいのは、他害や破壊行為のある典型的ADHDのお子さんです。
私達もつい、『刺激は敵』と思い込んでいる節がありますが。

その子はとにかく『他人の気を引きたい!他人に認められたい!』という欲求が強い。その欲求が通らないと暴れて他害に走ります。
職員に話し掛けたくて走り回っているのですが、誰かと落ち着いて話すことができないので、話の内容などまるで聞いていません。
職員が手を振ったり応答をしたりしているうちに、段々興奮気味になってきたので、興奮を落ち着かせるためにあまり相手をするのを止めようということになりました。
もちろん、あからさまに無視するわけではなく、さりげなく大袈裟な応答はしない……。

ところが、その途端、その子はパニック気味になり、物を破壊し始めました。
近くにいた職員が優しくなだめて相手をしようとしてももう聞き入れられません。

それから場を変えて、ひとりの職員がじっくりと相手をするようにして、やっと落ち着いたのです。

ASDのお子さんは、過剰な刺激や反応が辛くてパニックになることがあるので、最初の対応では落ち着くケースが多い。
しかし、ADHDのお子さんは、とにかく相手の反応が欲しい。この傾向は、ダウン症のお子さんにも見られます。どんなに過剰な刺激でも、相手がこちらを向いてくれるだけで満足。

ここで語られている『他人は他人』というASDの人の感じ方は、シンプルなADHDの人にとっては受けれがたいことかもしれないなと感じました。
すると、私にあるもともとのADHD気質も、パンダさんが語っていらっしゃる『定型気質』を極端にしたものなのかもしれず、年を経て、様々な経験をすることで、中庸に近づいてきたと考えられるかもしれないなと思った次第です。
あすなろさんへ トピずれですが…
  • キキ
  • 2017/04/20 (Thu) 11:48:37
こんにちは、先だっては励ましていただき、ありがとうございました!(^ ^)

ええと、私はADHDもギリギリあると言われているのですが、「衝動性」の部分らしいんです。
だから、注意欠陥の辛さというものがよくわかってないのですが、教えてもらえたら嬉しいです。

注意欠陥の場合(色んな人がいることは承知です)は、(成人)、どんなに気をつけていても、何度も見直しをしても、ミスが見つかったりするのでしょうか?
知人が経理の仕事をしていて、昼間は事務所が騒がしいので夜に自分の仕事を片付けるのですが、何度も何度も気になって見直しをしてるうちに午前様になるそうなんです。
そして、机の上も下も整理されないままの書類であふれかえり、度々注意を受けるらしいんですが、どうにもならないらしいのです。
昼間は人の出入りが激しく、呼び止められて新たな仕事をふられたら、今やってた仕事より先にそっちをやってしまったり、資料がたくさんいるような仕事は後回しにして、結局期日に間に合わない、というのも度々だそうです。

メモを書いたらメモの場所を忘れる、常に一日中探し物をしている状態だそうです。
パソコンの周りも付箋だらけで、訳がわからないらしいです。

本人は未診断ですが…
普通の人のミスは、「気をつけても気をつけても」ではなく「あ、ちょっと別のこと考えてた」とか「見直しさぼった」とかだと思うんですが、
努力しても努力しても間違う、忘れる、というのはすごく辛いんですか?
(辛いんだろうと思いながらも、想像力のなさで…(^_^;)

トピずれですみません!
キキさんへ
  • あすなろ
  • 2017/04/20 (Thu) 21:33:45
こんにちは!
お仕事順調そうで、何よりです!^ ^

お友達の状況、わかり過ぎるくらい、わかりますね!
ADHDと診断されていても、キキさんにはお友達のような実感が無いんですね。
私も医者から診断は受けていません。
ネットなどで知るADHDの特徴が酷似していたことと、診断済みの当事者の方の『実感』があまりにもわかりすぎるために、自分で自覚しました。
逆に自分をそう思って分析することで、改善できることが多いので、自分でADHDだと自覚していますし、以前、鬱で掛かっていた精神科では、こちらからそう思って診断してもらわない限り、傾向があっても診断を告げることは無さそうだったので、今更医者に聞くまでもないかな?と思っています。

辛いかどうかというのは、キキさんがお友達のような仕事の仕方をしていたら辛くないですか?と、逆にお聞きしたいくらいです。
辛い辛くないというのは、あくまでご本人の感じ方なので、お友達も、『まあ、このやり方しかできないんだから、仕方ないか』と割り切っているのなら、そこまで辛くはないのでは?と思うのですが。

一度にいろんな刺激が入ってしまって収拾がつかなくなるというのは、その通りですね。集中できるように、静かな時間にやったとしても、音だけでなく、目の前にある物が刺激になったりするので、なかなか一つのことに集中出来ないのは確かです。
他の人から見ると『集中力がない』と取られてしまいますが、実は『集中しなければならないものがたくさんあり過ぎて、どこからどう手をつけていいのか分からなくなっている』と言った方がいいかもしれません!

ADHDという障害は、報酬系の障害と言われますが、達成感や充実感が持ちにくいから、『ここまでやれば十分』とか、たくさんある情報の中で、『どれが一番解決になるか』という判断がしにくいんしやないかな?と自分で思います。
だから、どどーんと目の前に置かれた情報の山を見て、途方に暮れてしまうという状態なんでしょうねー!

もしもお友達がその状況を『辛い』と感じているなら、服薬によって情報過多を制限する方法もあります。ご本人があまりにも辛ければ、の話ですが。
あすなろさんへ
  • キキ
  • 2017/04/21 (Fri) 13:02:57
あすなろさんへ

お返事ありがとうございます。
そういえば、私はその知人の状況を聞いて「ヒェー」という辛い感じがしてたのですが、肝心の知人本人は、あまり気にしてないようです!
そうか、そういうもんだと慣れているから辛さはさほどじゃないのかもですね。
たしかに「辛くはない」と言ってました、それを私が心配しすぎてたようです。

面白いですね、逆に知人は、私のようなアスペ的生活は辛いかもしれない、ということですね。
生まれてずっと慣れ親しんだパターンですもんね。各人が。

そう考えると、療育とか、支援とかって本当に大変ですよね??
「発達障害」といってもアスペルガーとADHDでは、かなりパターンが違う。
とりあえず、勝手に心配するのはやめました(^ ^)

ありがとうございます。
Re:
  • あすなろ
  • 2017/04/27 (Thu) 08:20:50
キキさんとのお話は終わりにしようかと思ったのですが、キキさんの知人の(お友達ではなかったですね。失礼しました)お話は、発達障害の人の苦悩をよく表しているエピソードだなと感じたので、そこから話題を。

この知人の方が『辛くはない』とおっしゃることと、キキさんが『辛そうに見える』と思われたことの、感覚の差こそ、発達障害者が苦労するところだと思います。

ADHDの私からみれば、知人の方の仕事の工夫は、素晴らしいとおもいますし、自分の特性を知り尽くして行き着いた究極のやり方なんだろうなと思います。
同じ傾向があっても、私はここまでやらなくても済む部分もあるし、逆に別のところでこの人とは違う工夫が必要なところもある。
傾向は同じでも個性があるので、この人のやり方が他のADHDの人に当てはまるわけではないし、おそらくこのやり方はこの人だけにしか通用しないだろうなと。

何が凄いのかといえば、夜中に一晩中仕事を続けたり、机の上が散らかっていると、定型から『もっと楽にやりなさいよ』という余計なお世話や助言をする人が必ず出てくるわけです。
しかし、その定型のやり方や工夫をいくら教わっても、この人の特性で仕事をするのは不可能です。
助言をした定型は、『いくら教えても覚えない』といって、最後には見限ります。
この人が自分の特性に気付いていなければ『私はどんなに(定型の人たちが言う)工夫をしても仕事ができない。だからダメ人間なんだ』と自己嫌悪に陥ります。
やがて『社会不適合者』とされて、どんな職にも就けなくなります。

これが発達障害者が社会から排除されてしまう原因になるのです。

この知人の方は、おそらく周囲からは大変そうに見える『やり方』で、丁度よく仕事をこなしているのでしょう。
仕事の成果としては、きちんとノルマをこなしているんだろうと思います。周囲にも迷惑をかけていません。
この職場が、この人のやり方を認めていることも素晴らしいと思います。

LD当事者の南雲さんという方の半生をテレビで紹介していましたが、この人は非常に頭の良い人だけど、文が読めないという障害を抱えていて、成績が良いから、周囲はまさか本人が文を読めないなんて信じないので、それを隠すためにどんどん追い詰められて引きこもりになってしまったそうです。
南雲さんが堂々と『文が読めない』ということを公表できて、それに替わるツールを使うことができれば、何の問題も無かった。

キキさんがおっしゃるように、ADHDの私から見れば、ASDの人の独特の工夫というのが不思議に見えたり、辛そうに見えたりするかもしれません。そう思うのは仕方のないこととしても、それを相手に押し付けてしまったとき、例えそれが善意であっても、『差別』や『排除』に繋がってしまうということを覚えておきたいなと思うところです。
Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • Katz
  • 2017/05/06 (Sat) 21:51:56
横から失礼します。だいぶ日数が経ってしまってからの参戦で申し訳ありません。

最近思うんですが、ASD(アスペ)にしろADHD(多動性注意欠陥)にしろ、精神医学的な診断名というのが実情を表してないのではないかな…と。診断名はこれこれで、でも個性による幅が広過ぎて、対応方法は各個人で工夫するしかない。というのはあまりにも、何というか、医学的では無さすぎではないかな、と感じるのです。

この分野で私が最初に読んだ参考書が「わかっているのにできない脳」で、この本ではそういう主流派の診断名による解説をしていない事もありまして、余計にそう感じるのだと思いますが。ちなみに私は脳画像と知能検査の組合せで診断して、多動+注意欠陥+アスペ+情緒不安定の4タイプ併発と言われました。この場合、一般的な診断名だとアスペルガー症候群になる…のかな?

余談ですが上記参考書によれば、注意欠陥のタイプには2通りあって、1つは恐らく一般的にADHDと呼ばれているもの(多動と不注意を兼ね備えている)、もう1つは多動の無い不注意です。極端に集中力が短くて気が散り易いという症状が共通しています。

そして注意欠陥の特徴として…と言ってしまっていいのかな?私の場合で言えば、どんなに注意してもミスは高頻度で発生しますね。極論すればそもそも注意できないワケで。

私はいわゆるアスペ(過集中)も併発していて、そこから来る思い込みもあるので、単純な見直しではミスを発見できません。「この経過と結果は正しいという思い込み」がありますから。

更に私は情緒不安定が持ってくる短期・中期記憶の困難があり(どうも記憶力の無さは、多動ではなくて情緒不安定から来るらしいです)、中途半端に複雑な手順の場合には記憶違いがシャレにならないくらい頻発して、そこからもミスが発生します。

そういうミスの頻発という経験からくる漠然とした不安感は私にも覚えがあります。不安なんで、要らないとわかってる所も何度も見直すんですよね。私は、時間浪費の排除を価値観に据える事で、不安なままぶっちぎる事にしました。ミスの防止はチェックリストを作る事と、見直しに関しては別手順で同じ結果が得られるような方法を工夫するとかで効果を上げています。

仕事の書類の整理は、内容に関わらず日付順に並べる、という方法を取っています。並べた資料は立てておきます。横に重ねて山にすると、山の中腹を抜いて戻すのが難しくなるので。それとは別に、向こう数日はしょっちゅう見る事がわかってる資料は別の山を作って置いておく、という2段構えです。

更に言えば。紙の資料はなるべく作りません。紙でもらった物も、最終的には電子化しておきます。全部が電子化されていれば、完全に終わった仕事はハードディスクに置いておけるので、場所を取りません。まぁこれは私がパソコンの仕事をやってるから可能なのですが、今後はそういうのが一般的になってくるんじゃないでしょうか。タブレットとかも充実してきましたし。なお、電子的な資料は電子ファイルのままもらった方がいい。電子ファイルならパソコンによる検索という手段が使えるので、単なる保管以上の価値が発生します。

呼び止められて新しい仕事を振られた時は、受けられるかどうかをその場で判断します。今の仕事の見通しから、いつ着手できそうかをその場で伝えて、優先順位を決めてもらいます。昔はこれが出来なくて、まさにそのキキさんの同僚と同じ事をやってしまってましたが…。で、どちらを後回しにするにせよ、仕事の内容をすべて、全部、メモ書きしています。パソコンのメモ帳なんかで書いておけば、それが日誌代わりにもなりますし。ちなみに優先順位は可能な限り自分では決めません。私がやると間違う事が多いので、仕事を振ってきた相手か、管理職の人に決めてもらいます。自分が管理職だとこの手が使えなくて苦労するんですが…

なお日時の決まっている会議等々のスケジュールは、スマホのカレンダー機能を活用しています。これ、便利です。というか、無いと私はやっていけません。ホントに。まさに、自分には無い機能を代行してくれるツールですね。この辺、自分にとって理想的なモノを自分で作ろうと、ひそかに画策しています。IT技術者の特権です(^_^)

というわけで。超長文で申し訳ありません。恐らく似たような状況に陥っている同志(?)は多いと思ったので、私なりの具体的な工夫を挙げてみました。参考になれば幸いです。
Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • あすなろ
  • 2017/05/11 (Thu) 11:47:17
>Katzさん

>どんなに注意してもミスは高頻度で発生しますね。極論すればそもそも注意できないワケで。

そこです!そこ!注意しても繰り返すのではなくて、そもそも注意できないのに、注意しているフリをしているだけなんですよ。

でも、注意しなくちゃいけないことは山ほどあるので、パターンで予測することと、これまでの経験から考えなくても手が動く手順を作ってしまうしかないわけです。

あと、自分の注意力の範囲に合わせて仕事を受ける。決して強がったり大判ぶるまいをしない!

Katzさんは、私よりも注意力の範囲が広い人だと思います。決して自分を卑下しているわけではなく、これまでの文章から、かなり複雑な構成でも広く理解できる人だと思います。もちろん、仕事で培われた能力というのも大きいと思いますが。

私にはKatzさんのような対処法はできません。
これは自分の癖でしょうね。ITとか電子化というだけでアレルギーが出るので!(笑)

キキさんのお知り合いの方のやり方は、ご本人の中では完成型ではないかな~と。
どちらかというと、キキさんの知人の方の方が、私にはしっくりきますね。

だから電子化がしっくりくる人は、Katzさんのやり方も非常に有効だと思います。

本当にここは個性が物を言いますね。
基本は、自分が『できない』原因をちゃんと見つめることでしょうね!
で、『根性で、できるようにする』なんて無茶は考えないことです。
Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • キキ
  • 2017/05/11 (Thu) 21:58:20
あすなろさん

えー!?
「注意しても繰り返すのではなくて、そもそも注意できないのに、注意しているフリをしているだけなんですよ。」
そういう感じなんですか??
これはかなり驚きました((((;゚Д゚)))
キキさんへ
  • あすなろ
  • 2017/05/13 (Sat) 00:40:08
ASD+ADHDの方でも、Katzさんとキキさんでは、また感覚に開きがあるんですね。もちろん、Katzさんのおっしゃりたいことと、私の感覚にも開きがあると思いますが。

キキさんが驚かれたりする部分で、うちの娘とのやり取りのズレが理解できるような気がします。

娘の行動に、せめてやるフリ(意欲)だけ見せなよ、と言うことがあるのですが、娘はやらないことをなんでフリしなくちゃいけない!!って怒り出します。彼女には出来ないことを取り繕う必要はない!というポリシーがあるようで。もう少し大きくなると、そうも言ってられないと思うのかもしれませんが、割と純粋に近いアスペの感覚なんだろうなと感じます。

ブログのコメントにも書きましたが、私には多数派がどういう人を好むか、どういう行動を好むか、というのがだいたい把握できます。けれどもちろん、発達障害なので、かなり思い込みや認識不足もあります。
しかし、ここの場面でこれに注目していないと不審に思われるだろうなと分かると、意識だけはしていることがありますね。

たいていは、くだらないこと、必要のないことで、私には重要性を感じないのですが、そこを外すと今後の信頼に関わってくるから、分かっているふりをしておいた方が良いと思われることはいくつかあります。

思えば、中学生くらいから、『分かっているフリ』を身に付けて来ましたね。友達同士の会話の流れとか、興味のない話題とか、苦痛に思いながらも合わせたり、知ったかぶりをしてみたり。

それで事が問題なく収まるのなら、敢えて『私は知らない!分からない!』と主張することはないかなと。
そんな風に我慢を重ねてきましたが、やっぱり苦しかったですねー!

今は合わせなくてはいけないような人間関係そのものを限定しています。
あすなろさんへ
  • キキ
  • 2017/05/13 (Sat) 11:26:40
あすなろさん、なるほどです。
私の例の知人、(一度あすなろさんが訂正してくださったけど、知人と書きましたが友人で間違いないんです、私の言葉の選択がおかしかった)なんですが、
はじめて知り合った頃、10年くらい前は、「えらく聞き上手な良い人」という第一印象だってのですが、後で聞くと話の内容を全然覚えてないみたいで「???」と私は感じたのですが、そのうち『ああ、この人は聞いてるフリをしてるだけなんだなー、実は聞いてないんだなー』とわかってきました。
よく見ると、やけに相づちが早すぎたりしてました(笑)
いまでは聞いてないことを前提に話したりしますが(笑)
「覚えてないと思うけど、あの話さー」みたいに。

フリといえば、友人同士でバーベキューをしたとき、その友人は「片付け係」に任命されて、一生懸命何かしてるんですが、私から見ると何をしてるのか全然わかりませんでした(笑)
なんか、一生懸命なんですが、肝心の「片付け作業」とは違って、とにかく一生懸命にゴミ探しみたいなことをやってて、『はて、あれは意味があるのだろうか』と思った記憶があります。

それこそが「フリ」だったのかもしれないですね。
でも愛すべきキャラクターなので、ずっと友人でいますが。

聞いてるフリで相づちを打つ、というワザは、きっと長年かけて1番ベストなやり方を身につけたんでしょうね〜。
切ないけど、一生懸命でかわいらしい(失礼な言葉かもしれませんが)と感じます。
思考狭窄と忖度
  • あすなろ
  • 2017/05/15 (Mon) 08:38:08
どこかのCMじゃないですが……

日本人は『思考狭窄』と『忖度(そんたく)』で出来ている

というフレーズが、最近のパンダさんの記事から思い浮かんできました!

そこで、こんな二つの事例を紹介!↓

川内優輝 日本マラソンに物申す
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/205045

ADHDへの合理的配慮=ズル?→いいえ、ADHD以外の人にも有益です。
https://togetter.com/li/1110019


ブログのコメントに、弱視や視野狭窄の人が白杖を持っていると、見えるのにわざわざそんなものを持って!同情を買いたいのか?と言って蹴られることがあるという事例を紹介しました。

そこでパンダさんが『思考狭窄』という言葉を用いられたので、なるほど!と思い、そこから考えていくと、上記のような記事の原因も説明できるなと感じました。

Aさんの注目している範囲と、Bさんの注目している範囲は、当然違います。図に表せると良いのですが、例えばAさんは割と広めの範囲に注目していて、Bさんの範囲は狭いけど、二人の範囲は微妙に重なり合っているとする。

すると、二人は、重なりあっている部分から、自分が注目している範囲に想像を膨らませる。
Aさんは広く思考を巡らせることができるから、あらゆるパターンを想定できるけど、Bさんは範囲が狭いのでどうしても少ないパターンに固執する。

そこで、白杖を持つ人をどう理解出来るかの違いが分かれてくるのではないのでしょうか。

この場合、むしろ白杖を蹴られた弱視の方がAさんで、白杖を蹴った人がBさんと考えられます。
なぜなら、Aさんは、健常者の動きや生活を常に意識しながら、さらに目の見えない人の工夫も苦労も知っている。健常者の知らない街の危険を知っている。注目しなければならない範囲が広いわけです。
一方、蹴った健常者は、健常者の出来る範囲しか知らない。街の危険も、特に気にならない生活なので細かいところにまで気を配ることはありません。

すると、白杖を持っている→目が全く見えない→全く見えないのにそれほど杖に頼っているように見えず、むしろ杖をもてあそんでいるように見える→杖は自分を優遇してもらいたいがためのパフォーマンス
という思考にしかならない。

『思考狭窄』は障害とは別に、どれほどの状況を経験しているかどうかということで決まると思います。

上記のADHDへの合理的配慮がズルい、と思われることも同じです。
記事の中で、言葉足らずの上司の伝えたいことが理解できず、何をして良いのか分からなかったら、何で分からないんだと叱られたという場面が出て来ますが、これは、何で分からない?と思った上司の方が『思考狭窄』になっています。その指示の仕方では理解できない人がいることを知らないから、何で分からないんだ?→わざとはぐらかして怠けようと思っているんだな という思考にしかならないわけです。
だからむしろ、ADHDの人の方が、それで理解できる人もいる。出来ない人もいる。という二つの状況を知っているので、視野が広いということになります。

川内選手の記事にもつながります。
日本マラソン界だけでなく、今やスポーツ界全般が、二言目には『東京オリンピック』と言います。
しかし、他の国でオリンピックが行われる時は、4年に一度の大会より、まずは一番近い大会に向けて頑張っていたはず。
それが自国に決まった途端に、みんながまだ先の大会のことしか考えなくなってしまった。
もちろん、あくまで理想の話で、現実にそんな先を目標にしているわけではない人も多いでしょうが、あまりにもみんながうるさいと、段々とそれ以前の大会が大したものだと思えなくなってしまう傾向はあるでしょう。
みんながある一つのことを特別に持ち上げることで、他のことが無価値に思えてきてしまう。

これは特に日本人が陥りやすい思考狭窄のパターンではないかと思います。

そして、この思考狭窄にとても大きな影響を及ぼしているのが、『忖度』だと思いますが、長くなりそうなので、スレを分けたいと思います。
Re: 思考狭窄と忖度
  • あすなろ
  • 2017/05/15 (Mon) 10:04:53
【忖度(そんたく)】
(相手の気持ちを)おしはかること。推測。
「意向をーする」

数ヶ月前まで、こんな言葉があることさえ知らなかったけど、今や流行語大賞にノミネート確実なくらいの勢いですね!

この意味、どうとでも解釈できるし、私ははじめ、『思い遣り』という意味かと思ってました。
しかし、よく見ると思い遣っているわけではなくて、あくまで『推測する』という行為のことを言っているのであって、それが相手の為になるとか、良い結果を生むために努力しているわけじゃない。一方的な行為です。

今流行っている『忖度』は、悪行のようなイメージですね。
金の欲しい悪代官の意向を忖度して、越後屋が金を積むといった感じの!

政治の世界では、権力を握る人の意向(というか、欲望)を忖度して、金を積んだり便宜を図ったり、が当然のように行われています。

それでどんな結果が得られるかといえば、忖度した側の利益になる。

地位が上がったり、市場競争で優位に立てたり、そんなことを期待して行われているわけです。

前スレのAさん(思考範囲が広い人)とBさん(思考範囲が狭い人)がいたとして、Bさんが社会的地位が高かったり、お金持ちだったりすると、AさんはBさんの希望に沿うように動くしかなくなります。それは、Bさんを優遇する方が利が得られるからです。

会社でいえば、Bさんが社長だった時、Aさんの言うことの方が正しいと社員の大半が思っていたとしても、Bさんの意向を忖度する方を選ぶでしょう。
Bさんをないがしろにして、Aさんの意向を忖度したら、首になるのが必定だから。Bさんの思考範囲が狭ければ狭いほど、首になる確率は高い。社員たちはBさんの意向を忖度する技術だけは高くなっていくわけです。

日本の社会で起きている格差は、ほとんどこういうことが原因でしょう。

幼い頃から、思考範囲を広げる(失敗しても、とにかくたくさんのことを経験する)よりも、権力のある人を見習い、忖度する技術だけを身につけさせられるからです。

自己主張の苦手な気弱な子は、自然とそれに従いながら悶々としたものを内に秘め、自己主張が強くて気が強い子は、抗うたびに責められて反抗心を持ちます。

教師や親の思考範囲が狭ければ悲劇です。その思考範囲以外のことを許されず、しかも親と教師や、親同士の思考範囲が重なることが少なくて、手本となるべき大人たちが常に争っているんですから。

自分が生き抜いていくには、思考範囲を広げることよりも、忖度する技術を身に付けるしか無くなる。
忖度する技術ばかりを磨いたために、経験値が減り、思考範囲はさらに狭くなってしまう。

そして、思考範囲が極端に狭くなった大人たちが、年下の者たちの忖度を糧にして生きているのです。

全く筋の通らないことを言う年寄りに困らされながら、誰もその人を止めることが出来ない。

年寄りたちの思考には、何十年も前の時代の価値観しか無いので、今社会をその何十年前に戻そうと必死です。

そして、障害を持つ人がこれだけ社会で活躍できるようになって来たのは、ほんの10年くらい前のことなので、思考狭窄の年寄りたちには全く理解できず、同情を買って優位に立ちたいだけなのだ!=ズルい!と思ってしまうわけですね。

危険なのは、この思考狭窄が世代間連鎖して、若い世代にもとても多くなっているということです。
それはそうでしょう。生まれたときから思考狭窄している大人しか見てこなかったのですから。

日本のトップがサラブレッドですしね。

障害を持っているということは、嫌でもあらゆる状況を体験しなくてはならなくなります。
すると、自然と思考範囲が広がり、逆に世の中の不条理が見えるようになってしまい、苦悩します。

一方で、障害があると、どうしても視野と行動範囲が狭くなります。
その上、人間の手本である親が思考狭窄に陥っていたら、さらにその範囲が狭まります。
すると、忖度の技術だけを磨いて生き延びるしかなくなるかもしれません。
結果を全く考えずに、忖度だけを異常なまでに行う人の中には、障害を持っている人も少なくないのも事実でしょう。
そういう人には、どうやっても、それがおかしなことなのだと教える方法は無いように思います。

しかし、日本社会では、そういう人の方がうまく生き抜いていけてしまう。

ますます、忖度と思考狭窄が強化されていくだけですね。


Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • サロマ
  • 2017/06/12 (Mon) 23:20:24
ご無沙汰しております。

この世の中は理不尽だらけだと感じますが、世の中視野が狭い人が多いですが、それでも障害があっ天然キャラで可愛がられる人と憎まれる人とがいると言われました。
憎まれる人の心にも原因があるし、そういう子供にした親の育て方や家庭環境にも原因があると、ある心理士さんの言葉です。パンダさんも同じことを仰っていましたね。

Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • サロマ
  • 2017/06/13 (Tue) 00:14:29
いいすぎたかもしれませんね。しつれいしました。
Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • サロマ
  • 2017/06/13 (Tue) 00:24:55
あすなろさんのそんたくの話とは外れるかもしれませんが、共謀罪の話が問題視されていますよね。

原発や社会保障の改悪の話など、政府に都合の悪い話をしたり、デモをしたり、掲示板に書き込みをしたりすると、それだけでもマークされたり、とりしまりの対象になる可能性があるとか。

私達が話している内容、あすなろさんのように問題提起をしているのもどこまでが大丈夫で、どこからが引っ掛かってしまうのか?
実際どうなのかはわからないですが、それが本当なのだとしたら何も言えなくなりますね。
サロマさんへ
  • あすなろ
  • 2017/06/13 (Tue) 09:16:27
おはようございます。

確かに、共謀罪は、本当の意味でテロ準備行為の撲滅が目的ではないですから、ここに書き込んだ内容も対象になる危険はありますね!

他のところで、戦前生まれの方がおっしゃっていました。
当時の治安維持法と酷似している。治安維持法下では、平和を願うとか、愛を語るみたいな小説や冊子をもっていた少女が逮捕され拷問を受けたそうです。
農地の開発や作物の品種改良に力を入れましょうという運動をした農業組合の人たちが逮捕監禁されたそうです。
つまり、【譲り合って助け合っていきましょう】という趣旨のことが、全て共産的とされたそうですよ。

当時の数少ない生き残りの方たちが、揃って危険性を訴えていますが。

こういう趣旨を政治批判とされるなら、もうすでに社会として機能していないということでしょうね。

パンダさんにご迷惑をお掛けしてもいけないので、このスレはそのうち削除していただくことになるかも?(笑)

↑の前のスレについて、私はこう思います。

>この世の中は理不尽だらけだと感じますが、世の中視野が狭い人が多いですが、それでも障害があっても天然キャラで可愛がられる人と憎まれる人とがいると言われました。

可愛がる、憎む、は所詮、個人の判断に過ぎません。
人を可愛がるとか憎むとか言っている時点で、傲慢な考えだということを晒していますよね。

『そういうあなたは神様ですか?』

と言ってやれば良いんです。

『あなたに憎まれようが、あなたの周りの大勢に憎まれようが、私の存在が左右されるわけではない。そうやって他人の価値を決めつけるあなたの方こそ、人に苦しみを与える存在だ』と。

ちなみにパンダさんは、そのように傲慢なことは一つもおっしゃっていないし、思ってもいらっしゃらないと思います。
サロマさんの中で、ご自身のお辛い経験から、たまたまここで、アスペのにわとりさんと、定型のパンダさんの行き違いを見てしまって、結びついてしまったように、私には見えます。
行き違い自体は大いにあり得ることで、だからこそパンダさんが対話をしようと努力されている。
問題なのは、行き違いのあることにすら気付かず、定型側の理論を一方的に押し付けてしまう傲慢な人たちだと思いますよ。特に医者に多いです!
サロマさんへ 2
  • あすなろ
  • 2017/06/13 (Tue) 21:47:39
追記です。

サロマさんのお話から、私がこれまでも問題だなと感じてきたことを書きますね。

私は、未熟なことや、出来ることと出来ないことのバランスが悪い発達障害者は、そのままで居たら、『迷惑をかけてしまう存在』だと思っています。だから『努力』は必要だし、それは宿命なんだろうなと思います。
しかし発達障害者は、幼いうちから自然に上手くいくことが少ないので、自然に様々な工夫をするようになるんだと思います。
幼少期から親との関係に難しさを感じることは少なくない。すると、どうしたらうまくいくのだろう?と、幼いなりに悩むと思います。
その反動で愛着障害になったり、他人に対する疑心暗鬼が強くなったりするのかもしれません。

しかし発達障害者が本当に力を注がなくてはいけないのは、相手の関心を取り付けることではなくて、集団や社会の一員として果たせることを見極めて、劣る部分をなるべく改善していくことだと思います。

例えば、会社で社員がみな、(会社の)業績を上げたいという目標があれば、それぞれの力が発揮できる適所で各々努力し、その力を合わせるという方法が一番効果的なのです。

しかし、何故か日本の社会は、適性を見定めて適所に配置する前に、みんな同じことをするように努力しなさいと強制します。同じ事が出来ないとその時点でその人を排除してしまい、せっかくの才能も無駄に捨てます。
同じ事が出来ない発達障害者は、努力する以前に切り捨てられてしまいます。

サロマさんの知る心理士が、『可愛がられるようになれ』と言ったのは、まさにこういう価値観が社会で普通になっているからです。
可愛がられないというのは、みんなの心象を悪くすると場が乱れるからという意味で、『悪い』のです。しかし、皆んなが多様な人がいることに気づいていれば、その人のありのままを受け入れることができる。本人の心の持ちようではなく、周囲の心の持ちようなのです。

この心理士自身が、幼い頃からそういうことを強いられて来て自分を他人に合わせる努力を必死にしてきたのでしょう。

高名な河合隼雄先生は、決してクライエントの存在や主張を否定せず、ありのままを受け止めようとされていたそうです。
クライアントのありのままの姿を受け止めるためには、心理士自身の心の中の偏見に気づかなくてはいけない。なので心理士は、クライエントに向き合う前に、自分自身のの深層心理を読み解く教育カウンセリングを受けるそうです。
そうしないと、自分の偏った価値観をクライエントに投影して見てしまうからなんだそうです。
そして、助言は出来るだけしないで、クライエントの話す内容をそのまま受け止めることを推奨しています。

サロマさんの出会った心理士は、本当の意味で心理士ではないと思います。
集団の中でうまくやっている自分がいかに素晴らしいかというアピールをしたいだけの人と、私には映ります。

この傾向は、学歴を積んだ医者や心理士に多く、相手のためと言いながら、自分が優位に立って上から物を押し付けているだけに過ぎません。

一般の人たちは『偉い人の言うことだから』と信じてしまうのです。

パンダさんがこういう人たちと違うのは、相手と対峙した時、素直に感じた相手の印象を、包み隠さず公開していることで、そこには相手へのアドバイスという名目の押し付けはありません。
パンダさんが、困るな、辛いなと感じたことは、多くの定型が反射的に抱いてしまう感情に似通っていて、それを感じるなという方が無理です。
逆に、アスペの人が定型に抱く嫌悪感も同じ。
だからそこを乗り越えるためには、嫌悪感を抱いてはいけないのではなくて、どうして嫌悪感を感じるのか、分析する事が必要です。

パンダさんは、その過程を丁寧に進んでこられたのだと思います。
対して、アスペの方の中にも自己分析をする人が出て来て、その感情を包み隠さずお話してくれる事が増えて来た。
とても良い方向に向かっているんだと思います。

それを最初に戻って『分かろうとしない!』と責め立てるのは、せっかく進展し、築いてきた信頼関係を全て崩して、ただ嫌悪感を抱いて相手に責任をなすりつけるだけの、何も発展しない対立関係に戻るだけのことだと思います。
Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • サロマ
  • 2017/06/13 (Tue) 23:08:24
あすなろさん

心理士さんの話は後で書かせていただくとして。

共謀罪が成立した後はこのスレだけでなく、にわとりさんたちの話も削除しないといけなくなるかもですね。

どこまで話していいのか?そこの曖昧な見極めができないアスペだと取り締まりの対象になりそうです。
さすがにアスペと定型同士の話し合いは取り締まりの対象にはならないかもしれませんが、政治などの話をしたらどうなるのか?

私達もですが、管理人としてのパダさんも政治などの話をどこまでの書き込みなら許すのか?現実として考えないといけないのでしょうか?
冗談でなく、本気で考えているとこなのですが。
Re: サロマさんへ 3
  • あすなろ
  • 2017/06/14 (Wed) 07:01:28
共謀罪については、冗談に終わらせるか、施行されたら全てを覚悟して生きるか、の二者択一と、私は考えています。

実際に国連から勧告を受けても無視。
世界でも非難をされているのに、その情報はほとんど取り上げられていませんよね。
マスコミが封鎖されているからです。

これこそ冗談ではありません。

ちなみにこれを許す社会であった場合、こうした書き込みの摘発には収まらないことは想像できますが、ここには書けません。

相当深刻な事態であるということ。

かつての治安維持法で、実際に取り締まりをしていたのは、警察ではなく隣人同士のリークであったというのが事実です。

隣人の反感を買うような(それが偏見に満ちたものであっても)ことをした、何となく印象が悪いというだけで、罪をでっち上げることは簡単になる、ということです。

冗談に終わらせなくてはいけない。
それは国民ひとりひとりの責任だと思いますけどね。
Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • サロマ
  • 2017/06/16 (Fri) 00:29:18
あすなろさん

共謀罪が可決されましたね。

パンダさんのことについてはパンダさん個別に話そうかと思っていますが、心理士さんについて。
>何故か日本の社会は、適性を見定めて適所に配置する前に、みんな同じことをするように努力しなさいと強制します。同じ事が出来ないとその時点でその人を排除してしまい、せっかくの才能も無駄に捨てます。
同じ事が出来ない発達障害者は、努力する以前に切り捨てられてしまいます。

会社はできるようになるまで待ってくれないのもあるし、才能があっても同じことができないとそれだけで切り捨てられる理不尽さも感じますね。
心理士さんもADHD入っていますが、アスペはないので人間関係はそれなりにできていますし、子供さんもアスペとADHD入ってますが、バリバリ仕事なされています。
だから比較的軽いとより重い人の苦労は理解しづらいところはあるかもしれませんし、あすなろさんのおっしゃるようにハンデがある分、もしかしたら昔から自分を他人に合わせる努力を必死にしてきたのかもしれません。
しかし心理士さんは
「天然でどんくさい人でも育った環境が恵まれていれば人間関係も上手くいっている人が多い。」
と話していました。
それがあすなろさんの仰るようなスタンスの会社であっても、恵まれた環境に育った人は自然と受け入れられやすいとのことのようです。

>集団の中でうまくやっている自分がいかに素晴らしいかというアピールをしたいだけの人と、私には映ります。

それはさすがにないと思いますが、集団になじむ、受け入れられることがステータスだと思っているかも しれませんね。
それは心理士さんに限らず、私を含めた殆どの人が無意識に感じていることだと思います。
ただ特に専門家がそういうことを思っていると社会に馴染めない当事者にはより厳しいと感じると思います 。
サロマさんへ
  • あすなろ
  • 2017/06/16 (Fri) 17:04:21
私が最近感じるのは、全くの定型よりも、特性を持っている人の方が、社会に順応するためにストイックに努力する傾向が強いということです。

そして、そのストイックさで何とか社会に順応することが出来たという成功体験があると、それを他の特性持ちに、闇雲に押し付けようとする傾向が強いということです。

ましてや発達障害という、他の状況が掴みにくい障害があるゆえに、他者の状況に応じた、多様な方法を考えることが困難で、自分自身の視点だけで他人にアドバイスをしてしまうことがあり、ときには、それが全てだと信じて疑わない人が居る。

アドバイスを受けた側にも特性があると、自分のモニタリングも不十分なので、押し付けられたアドバイスに何とか従おうと無理を重ねる。

意外にも、アスペ定型のトラブルというのは、定型に見えて実は特性持ちなのに、かりそめの定型の仮面を被っているだけの人や、特性持ちは自覚しているけれど、だからこそ同じ特性持ちの行動が気になって仕方ない、という人が起こしている場合が多いかもしれないと感じるこの頃です。

お話を伺っている限りだと、サロマさんの心理士さんも、何とか定型の世界に食らいついていこうと努力された結果、やはり『可愛がられることが一番だ』という持論を持たれたように思います。

確かに世の中は、そういう風に出来ています。
けれどそうやって順応することで丸く収まるという曖昧な価値観を社会の多くの人が持っている限り、順応できずに排除されていく人の数は減らないでしょうね。

Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • 2017/06/17 (Sat) 19:42:42
あすなろさん
横レス失礼します。

「定型はアスペのことを全て理解できるわけではない(逆も同じ)」ですが、あの時何をやってもだめだったにわとりさんに対し、コクーンさんの言葉は当事者には拷問ですよ?
他の方は自分の経験にはないことだったから、にわとりさんの話が被害妄想だと思ったのか、生理的に受け付けなかったのでしょうね。
しかしだからと言って何言っても許されるわけではないですよ。

にわとりさんに間違えたアドバイスをしていた方いましたが、何をやってもだめだったにわとりさんがそのアドバイスを元に結果を出したり、現状を脱することが困難なのに、それができないにわとりさんを複数の方が責めたんですよ?

怒ったにわとりさんに対して皆が「親切にしてやってるのに文句ばっかだ」とにわとりさん一人を悪者にし、パンダさんは「それは定型的な親切心だから受け入れるように」にとにわとりさんにアプローチなさってましたが、間違いも甚だしいです。

定型的な善意の衣を被って、無神経なことを言って、にわとりさんを傷つけたことを誰一人として認めないし、謝らない。 最後までにわとりさん一人を悪者にして責めた。中には人格否定をした人もいた。

にわとりさんも確かにひどいことは言ったからそこに対する対応は分かります。
ただにわとりさんに断罪的な割にはにわとりさんのことをあることないこと言った方への対応は甘かった。
他の方がその方への書き込みのために被害を被ったと訴えるからパンダさんは仕方なく対応をしただけ。

にわとりさんは「一部」と「全体」を一緒にした書き込みをしたとのパンダさんからのご指摘もありますが、トマトさんだって「定型ら~(良い意味)だけどASは~(悪い意味)」「ASの多くは~(悪い意味)」「ASのほとんどは~(悪い意味)」との書き方が多くありましたよ?
アスペから見ればトマトさんの書き込みも、アスペ全体とまではいかなくても「アスペ全体に近い割合のこと(悪い意味)」を言っているように感じます。
トマトさんの書き方には甘いけど、にわとりさんには容赦ない。

「定型はアスペのことを全て理解できるわけではない(逆も同じ)」なんて言葉で正当化されたくない。
パンダさんのにわとりさんへの対応やにわとりさんを非難した定型の方々の対応もその域を遥かに越えてます。

確かにパンダさんは他の方への対応は丁寧にされていますし、アスペが一方的に悪者にされがちなところ、こちらではまだ理性的な目でアスペと定型の問題を見つめていらっしゃるとは思いますが、にわとりさんの対応には厳しいものがあると感じます。

パンダさん
それとパンダさんの言い分があるのであれば、のえるさんとかの話を拝見していましたが、のえるさんやりなこさんでしたっけ?の話し合いが途中になっていますが、お返事はないのでしょうか?
さ さんへ
  • あすなろ
  • 2017/06/17 (Sat) 23:24:19
他のスレで、すでにサロマさんにお伝えしましたが、私は当時のやり取りを読み返す気力がありませんし、どちらの味方とか、どちらの意見に近いという気はありません。
その都度感じたことを、にわとりさんにも、パンダさんにも、お伝えしてきましたし、その中で、私自身の考え方も変わり、にわとりさんやパンダさんのお考えも変化しているなと感じました。

私には貴重な体験であり、現在の考え方に大きな変化をもたらしてくれたものだと感謝しています。

現在のことについては積極的に考えていこうと思いますが、過去のことについては、これ以上の推論や分析をする気はありませんし、いくらやっても確かなものは決して見つからないと思っています。
アスペの人の記憶
  • あすなろ
  • 2017/06/18 (Sun) 00:54:27
サロマさんや、ささんが、にわとりさんのことについて納得できないとおっしゃっているのを見て、勝手に娘の話との共通点を感じてしまいました。

私が勝手に結びつけているので、話が別だと思われるならむししてください。
私と同じように感じられた方がいらっしゃったら、参考になればと思います。

以前にも書いたのですが、うちの中学生のアスペの娘は、小学校の時に教師に掛けられた心ない言葉を、細かいシチュエーションとともにハッキリ記憶しており、時々フラッシュバックのように思い出しては、うらみ言を言います。しかも、当時の担任がいかにも言いそうな事なので、おそらくウソや記憶違いではないと思われます。
その場面は聞いていると確かにリフジンで、娘が可哀想だと思えるのですが、私にはそれ以外にも、担任には良い面も助けていただいた面もあり、娘には『それだけが全てではないよ』と言うのですが、娘は話せば話すほど、わるい記憶が固定化されていくようで、今では『あんなひとでなしが教師をやっていることがおかしい!!』と言い切ります。私が『確かに、そんな経験をしたらそう思うのも無理はないよね』と同意すれば気持ちが収まるようです。

この話を、発達しょうがいの心理を研究されている先生に話しました。この先生も、かなりアスペ的傾向の強い方です。
すると、自閉の方の記憶というのは、時間的なセイヤクが無いので、段階的に薄れることがなく、場面場面が写真のようにファイルされていて、取り出したい記憶は、まるで昨日のことのように取り出せるのだということでした。おそらく、この記憶方法については、以前もこの掲示板に書き込んだ覚えがあります。
なので、娘の記憶もまるで昨日のことのように鮮明で、さらに昨日起きたばかりのことのように感情までもがよみがえってくると言われれば、納得ができます。
それでは、娘の記憶は正しいのですか?と聞いたところ、時間的セイヤクは受けないと言っても、人の記憶力というのは、コンピューターではないから、必ずどこかにまちがいやぬけ落ちた部分やコチョウが出てくるのだと。感情が伴うので、それは正しいことなのだとサッカクしてしまうが、実は都合の良いように書き換えているのだと。

娘が言う、小学校の担任も、人間にはわるい面と良い面があり、たまたまそのわるい面が娘の記憶に残っているとすれば、担任はわるい人となってしまいます。しかし、私の知る限りでは全般的にはわるい人という記憶が無かった。娘は意図的にわるい面だけを記憶し、良い面をサクジョしてしまったわけです。

過去の記憶だけでなく、最近もこんなことがありました。
学校から帰ってくるなり、『○○先生を、教育委員会にうったえる!』と言い出したのです。
話を聞くと、その先生のクラスの友達が、夜、先生が用もないのに『大丈夫か?』と電話を掛けてきたのがいやだったという話を聞き、そう言えば、体育祭の時私の手を握ったとか、健康診断の時、男子の部屋から女子の部屋をのぞこうとしていたとか、いろんなことを言い出した。

友達は最近、学校が面白くないと言っていたというので、それは担任として心配して当たり前では?と私が言うと、ハンシンハンギでした。

たまたまソーシャルスキルトレーニングの先生とお会いする機会があり、その話をすると、発達しょうがいがあると、あるシチュエーションを見た時、人によって様々な解釈が生まれるということまで想像できず、一つの解釈しかない!と思い込んでしまう傾向があるのだと教えてもらいました。
他人から解説してもらったり、自分自身が様々な経験をすることで、物事には多面的な見方があるのだということを、徐々に覚えていく。それがソーシャルスキルの訓練でもあるのだと。

そんな話を聞いたすぐ後、娘が『○○先生って面白いんだよ!』と話すので、『教育委員会にうったえるんじゃなかったの?』と聞いたら『あー、友達がやっぱり勘違いだったって言ってたから』とあっさり。
手を繋いだ事件も、女子の検診をのぞこうとした事件も、友達の一言で勘違いだったと思ったようで……。

以前よりも多方面から見られるようになったのかと納得しましたが、私だけが何か取り残されたような感じでした。

つまり、定型であっても、発達しょうがいであっても、人の記憶というのは決して信頼できるものではないし、記憶だけでなく、物事の見方についても、信頼できるものはないのだと思いました。

信頼できないとすれば、逆にどうとでも捉えることが出来るということです。だから、どうせ都合の良いように取るのなら、お互いに気持ちが良い取り方が出来るのが一番ではないかと。

厳しい人生を歩んでこられた方には、そんな楽観的な見方はくだらないと思われるかもしれませんが、だからと言って敢えてくるしい記憶に書き換えることに意味があるのだろうか?とも思います。

最終的に、やいばを向けるのも、楽になれるのも、他でもない自分自身なんだと思います。

☆禁止ワードにひっかかるので、ところどころカナにしてあります。
Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • サロマ
  • 2017/06/18 (Sun) 01:31:32
あすなろさん

>全くの定型よりも、特性を持っている人の方が、社会に順応するためにストイックに努力する傾向が強いということです。

そこは完全に否定できないし、事実はどうなんでしょうね。

パンダさんがおっしゃるような家庭環境に恵まれたかどうか、受容されたか否定されてきたかでも、その後の人間関係も決まるような気がしますし。

サロマさんへ
  • あすなろ
  • 2017/06/18 (Sun) 09:42:12
とても興味のある視点ですので、投稿がしつこくなってすみません。

サロマさんは今、生育歴というものに焦点を置いていらっしゃるので、参考になれば……と。

私自身、自分の特性とは別問題として、親の虐待と向き合っています。いや、向き合って解決が見えてきた時に、ようやく自分の特性をコントロールできるようになりました。
つまり、発達障害の特性をコントロールするのとは別問題として、生育歴の問題があるのですが、特性のコントロールとは、強い自尊心と忍耐を必要とするので、その大前提としてしっかりとした生育歴が無いと、とても気力が持たず、どんどんと自虐的な方向へ向かっていってしまうのだと実感してきました。

特性に向き合うためには、安定したフィールドが用意されていなければいけないということです。

私の親は、身体的虐待の一切ない、世間では『良い親』と評価される『毒親』です。だから、私も親がここまで酷い虐待をしているとは気付かなかったし、関係が悪いのは、全て私が変な性格だからだと思っていました。

だから、親以外に私を認めてくれる人が欲しくて、外では必死に自分の特性を隠そうとしていましたが、頑張れば頑張るほど、余計におかしな行動を取ってしまい、外でも『変な人』という評価をもらってしまう有様でした。

お陰様でどっぷり鬱にハマり、どうやったら存在を消せるのだろうか?ということばかり考えていた時期があります。

しかし、私の親が、親として最悪の教育をしてきたことに気付いたら、ようやく『私は私のままで良いのだ!』と思え、自分の特性とも上手く共存していこうと思えたのです。

生育歴が悪いからトラブルを起こすのではなく、そうした生育歴を与えた親の問題に気付けないから、問題がどこにあるのか分からずに、自分自身を責めるしかなくなってしまう。

これが本当のところだと思います。

ある東大卒の女医さんが、ご自身の半生を本にして毒親の問題を提唱されています。
発達障害どころか、東大を出て医者にまでなった立派な方でさえ、毒親は『まだまだ努力が足りない!」と罵る。『ちゃんとした職業に就きなさいよ!』と罵る。毒親自身が異常心理の持ち主であっても、子どもは生まれた時からその親と過ごしてきたのですから、気付かずに信じてしまうわけです。

結果として、子供はだれでもなく自分自身を責めてしまうのです。東大を出ようが、医者になろうが、いつまでも自分は愚か者だと思ってしまうのです。
これが発達障害者であったら、自分に自信が持てなくなるのはなおさらです。

反対に、親が子供の存在を『ありのままでいい』と認めていれば、障害があっても自分を誇ることができる。

この違いは天と地の差があります。

しかし、生育歴が悪かったからといって、そこから回復出来ない訳ではありません。要は、親に代わって、自分の存在を無条件で認めてくれる存在がいればいい。それは、ペットが無条件に自分を頼ってくるとかいうことでも代用できるし、逆に親の未熟さを冷静に受け止めて、それに気付いた自分は親よりもよほど人格者だと思うことでも回復できる。

最終的に、私は間違ってはいなかったんだと思えるかどうかだと、思います。
Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • 2017/06/20 (Tue) 16:02:59
>担任には良い面も助けていただいた面もあり、娘には『それだけが全てではないよ』と言うのですが

娘さんにとっては「本当に助けてもらった」のか疑問ですが。
担任が助けたつもりでも娘さんにとって望んでもいないことなら「助けたとはなりません」。定型視点での親切の押し売り、言われたくない言葉を言われたならその時点で担任としてあるまじき行為ですね。
嫌なことは嫌なのですから。

>どうせ都合の良いように取るのなら、お互いに気持ちが良い取り方が出来るのが一番ではないかと。

それならにわとりさん一人を複数で責め立てて追い込んだ方にも言えることですね。
自分に都合の悪いことを「にわとりさんの独特な感覚や捉え方」「重度の精神病(自閉度の高さ)」のせいにしているのですから。
都合の悪いことを全てアスペとかその人自身の捉え方や記憶の仕方のせいにされたくないです。
さ さんへ
  • あすなろ
  • 2017/06/20 (Tue) 21:10:45
まず、娘の話とにわとりさんの件を一緒にされては困ります。
にわとりさんのお気持ちは、にわとりさんにしか分からないのですから、にわとりさん自身の発言ならわかりますが、全くの他人が、アスペということが共通しているという、ただそれだけのことで、分かったように代弁することは、にわとりさんに失礼だと思います。

娘のことについて、かなり誤解があるので補足しておきます。

娘の、小学校時代の担任への恨みは消えません。
私がいくら良い面もあったと言っても受け付けませんし、彼女の中では『人でなし』というレッテルは半永久的に変わらないと思います。
だから私もその考え方を変えろとは言わず、あなたの気持ちもわかるよと受け止めたのです。

しかし、娘は最近、学校が面白いと言うようになりました。ついこの間まで、学校なんて嫌だ!友達なんてみんな敵だ!と言っていたのに、何があったのか、さっぱりわかりません。
学校が嫌だと言っていた時に、芋づる式に思い出したのが、小学校の話です。現在の生活の不満とリンクするように『悪い思い出』だけをどんどん思い出し、自分で苦しくなっていました。
学校が面白いと言うようになって、小学校の話を一切しなくなりました。楽しいことが増えたので、思い出す暇もなくなったのかもしれません。

でも、恨みつらみを語らない娘はとても楽なようです。だからこそ、学校が楽しいと思えるのでしょう。

今娘に小学校の時の話を思い出させたら、やっぱり恨み言を言うと思います。それは変わらないけど、今が充実したら、それはどうでも良いことになったのです。
つまり過去の恨みに囚われることは、自分自身が苦しいのだということです。恨みに囚われているうちは、万が一、相手が謝って来たとしても納得しないでしょう。娘が担任のことを恨んでいるときに、担任が謝って来たとしたら、娘は許すどころか、ますます恨みを強めると思います。いくら謝ってもらっても、やられたことは忘れないと言うと思います。

だから、娘の人生に必要なのは、その過去を忘れるくらい、今を充実させることなのです。そのためには、過去の恨みに囚われていては進歩しない。卵が先か鶏が先か……。たまたま、娘は鶏が先になっただけのことだと思いますが、どこかで抜け出さないと、苦しむのは他でも無い自分自身なのだと思います。
Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • ぱんだ
  • 2017/06/22 (Thu) 18:58:38
サロマさん

>憎まれる人の心にも原因があるし、そういう子供にした親の育て方や家庭環境にも原因があると、ある心理士さんの言葉です。パンダさんも同じことを仰っていましたね。
>パンダさんがおっしゃるような家庭環境に恵まれたかどうか、受容されたか否定されてきたかでも、その後の人間関係も決まるような気がしますし。

 定型でも子どものころに十分に受容されて育った場合と,周りから厳しくあるいは拒絶されて育った場合ではその後の対人関係の取り方の柔軟性に差が出てくるのは明らかだと思います。もちろん性格の問題もあるので,人によって違いもありますが,全体的な傾向としては間違いないと思います。

 おなじことがアスペの方には,条件が厳しい分よりシビアに起こりやすいのではないかというのが私の現在の理解です。
Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • サロマ
  • 2017/06/23 (Fri) 20:32:27
パンダさん

アスペの軽重や特性はどうであれ、アスペがあっても受容されて育った人は素直で、友好的で、明るく、前向きに育つ人が多いから、人にも受け入れられやすくなり、人間関係が良好になりやすい。

逆に家庭環境が悪ければ、攻撃的で卑屈で後向きで暗い性格になるから、人からも反感を買われやすかったり、人間関係が上手くいかない(育ちが悪いからねじ曲がるわけとは限らないですが)。

ということですよね?
Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • あすなろ
  • 2017/06/24 (Sat) 17:02:04
ASD当事者の方の、非常に納得のいく記事です。
私も、本当にその通りだと思います。↓

(前編)
http://decinormal.com/2017/06/14/autism_hyperesthesia1/

(後編)
http://decinormal.com/2017/06/14/whatis_the_happiness/


Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • パンダ
  • 2017/06/26 (Mon) 22:34:58
サロマさん

>アスペの軽重や特性はどうであれ、アスペがあっても受容されて育った人は素直で、友好的で、明るく、前向きに育つ人が多いから、人にも受け入れられやすくなり、人間関係が良好になりやすい。逆に家庭環境が悪ければ、攻撃的で卑屈で後向きで暗い性格になるから、人からも反感を買われやすかったり、人間関係が上手くいかない(育ちが悪いからねじ曲がるわけとは限らないですが)。ということですよね?

 この書かれ方だと前提が違います。

 私が言っているのは、定型アスペに関係なく、人は受容された経験の有無、そのレベルによって、その後の人間関係への柔軟性に差が出てくるだろうということです。

 そのうえで、アスペの方は定型に比べると、多数派である定型社会から拒絶されることが多くおこりやすく、しかもそのレベルが非常に強いものとなりやすいのだから、アスペの方にそうなる方が多くなってもおかしくない(またはむしろそのような環境からの当然の結果だ)という意味です。

 サロマさんの書かれたことの意図はよくわかりませんが、ただ上のような書き方から理解されることとはかなり決定的に異なった主張を私はしていると思いますが、その違いはうまく伝わりますでしょうか?あるいはこういうところでも理解のズレが起こりやすいのでしょうか?

 仮にこういうところでも理解のズレが起こりやすいのだとすると、またひとつ定型アスペ問題のポイントが私なりに見えてくる感じがします。
Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • サロマ
  • 2017/06/30 (Fri) 22:39:27
パンダさん

>私が言っているのは、定型アスペに関係なく、人は受容された経験の有無、そのレベルによって、その後の人間関係への柔軟性に差が出てくるだろうということです。

定型でもアスペでも、受容されて育った人は人間関係(家族、他人含む)が上手くいきやすく、受容されて育っていない人は人間関係が上手くいきにくい(あるいは他人との関係は表面的には上手くいっても、深い関係となった時に問題が出てくる)と言うことではないのでしょうか?
人間関係への柔軟性とはどういうことを仰っているのでしょうか?

>アスペの方は定型に比べると、多数派である定型社会から拒絶されることが多くおこりやすく、しかもそのレベルが非常に強いものとなりやすいのだから、アスペの方にそうなる方が多くなってもおかしくない(またはむしろそのような環境からの当然の結果だ)という意味です。

「そのレベル」と「そうなる方」というのは何を指しているのでしょうか?
Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • パンダ
  • 2017/07/01 (Sat) 23:59:05
サロマさん

> 定型でもアスペでも、受容されて育った人は人間関係(家族、他人含む)が上手くいきやすく、受容されて育っていない人は人間関係が上手くいきにくい(あるいは他人との関係は表面的には上手くいっても、深い関係となった時に問題が出てくる)と言うことではないのでしょうか?

 そうだと思います。

> 人間関係への柔軟性とはどういうことを仰っているのでしょうか?

 ここの記事でも少し書いてました。
 http://communicative.cocolog-nifty.com/blog/2017/05/post-fb4b.html

 すごく一般化すれば,自分と対立する視点に出会ったときに,自分が正しく相手が間違っていると即断するのではなく,相手の視点を理解して関係を調整する姿勢をどこまで持てるか,でしょうか。

> 「そのレベル」と「そうなる方」というのは何を指しているのでしょうか?

 これはそのまま直前の言葉「多数派である定型社会から拒絶されるレベル,拒絶される人」です。

 もしかすると「定型は定型社会から拒絶されない」はずだからおかしな表現だとか感じられたための疑問でしょうか?だとすれば書き方がちょっと不親切でしたので補足します。定型も定型社会の中で少数派になることがいくらでもありますし,これは最近あすなろさんが強調されてきているように,別に定型とされる人間も一枚岩ではなく,固定的な定型社会というものが確固としてあるわけではありません。だから定型でも多数派の定型から拒絶されることは起こる。その点でアスペの方と同じです。ただその可能性がアスペの方が圧倒的に多い。
Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • サロマ
  • 2017/07/02 (Sun) 01:34:57
パンダさん

定型でも嫌われがちな人はいますね。しかしアスペの場合はその比率が半端なく高いですね。

障害の有無に関わらず、人間関係が上手く行かないのは自分とは違う人、意見に対し、「相手が間違っている」と決めつけて責めたり、自分視点でしか物を見られないなど、柔軟性に欠けるからということ。攻撃的になりやすい人。
人間関係が上手くいかないのは障害ではなく、本人の性格と親の育て方に問題がある。

人間関係につまづいているアスペの人って、昔は「親の育て方に問題があったから」と言われていて、今は「親の育て方ではなく、障害が原因」だとされていますが、やはり「障害ではなく、親の育て方や家庭環境が原因」だという説が当たっているわけですね。
個人的には納得いきませんが、仕方ないですね。
Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • パンダ
  • 2017/07/02 (Sun) 08:06:34
サロマさん

> 人間関係につまづいているアスペの人って、昔は「親の育て方に問題があったから」と言われていて、今は「親の育て方ではなく、障害が原因」だとされていますが、やはり「障害ではなく、親の育て方や家庭環境が原因」だという説が当たっているわけですね。

 半分賛成で,半分は反対です。

 アスペの方は全員基本的には「定型的人間関係」には躓きます。だからこそアスペと言われるわけです。それは一般的には「定型より人間関係について能力が劣っているから」と理解されていると思いますが,私はそうではなく,「人間関係の考え方が定型と違うから」と理解します。「違う」という点ではお互い様ですから優劣はありません。ただ定型のやり方が多数派で世の中の主流なので,そこに結果として力関係に基づく優劣が発生するわけです。

 ということの結果として,アスペの方は基本的に「定型のやり方に合わせる」ことをしないと生きていけない状態に陥る場合が多い。そのとき,それを比較的柔軟にする人と,それが困難な人の違いがある。その柔軟さを決めるひとつの大きな要因が家庭環境や周囲の受け止め方(家庭だけではなく,学校や地域なども全部含みます)だと思います。(もう一つはたぶん知的な柔軟性だと思いますが,これはもう少し考えてみたい面があります)

 したがって「障がいではなく,親の育て方や家庭環境が原因」というのは定型的な基準から考えたらそういう言い方にもなりますが,「人間関係」に躓きやすいのは,その人間関係が定型的なものだからで,そこは「障がい」が原因だということになりますよね。

 だから「定型アスペのずれが原因となり,両者の間にトラブルが起こりやすく,それが起こった場合,基本的には多数派の定型的やりかたが基準とされてアスペの側に問題があるとされ,その改善をアスペの側に求められる。このときより柔軟にその課題にこたえられるかどうかはその人が育ってきた環境によって違いが生まれやすい」ということになります。視点を変えて,仮にアスペ的生き方が多数派になって定型がそれに合わせなければならない状況が仮に生まれたとすれば,定型も同じ状態に置かれるだろうということにもなります。
Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • サロマ
  • 2017/07/02 (Sun) 23:30:46
>一般的には「定型より人間関係について能力が劣っているから」と理解されていると思いますが,私はそうではなく,「人間関係の考え方が定型と違うから」と理解します。

「定型より人間関係について能力が劣っている」のと「人間関係の考え方が定型と違うから」というのと両方あると思いますよ。

>比較的柔軟にする人と,それが困難な人の違いがある。その柔軟さを決めるひとつの大きな要因が家庭環境や周囲の受け止め方(家庭だけではなく,学校や地域なども全部含みます)だと思います。  

解釈が一部間違っていました。
そうですね。親から定型的な振る舞いを教えてもらえていれば、足りない部分があってももっと違っていたでしょうね。

>(もう一つはたぶん知的な柔軟性だと思いますが,これはもう少し考えてみたい面があります)

恵まれた環境の人は温厚な人が多いですから相手も自然と穏やかになれるのだと思いますが。
すさんだ環境ですさんだ気持ちになってる人は相手の悪い面を引き出しやすいのも否定できないですしね。

>「人間関係」に躓きやすいのは,その人間関係が定型的なものだからで,そこは「障がい」が原因だということになりますよね。

それもあると思います。
ただ心理士さんからは「アスペでも家庭環境が良ければ愛嬌もあって好かれてる」と口癖のように言っているように、「育った環境で影響された性格」もあると思いますが。
Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • パンダ
  • 2017/07/04 (Tue) 19:45:42
サロマさん

>「定型より人間関係について能力が劣っている」のと「人間関係の考え方が定型と違うから」というのと両方あると思いますよ。

 そうですね。
 私は後者が一般的なことで,その一つの現れ方として前者があるという考え方なので,サロマさんのおっしゃることと特に矛盾はないと思います。ちょっとわかりにくい表現ですみません。

>親から定型的な振る舞いを教えてもらえていれば、足りない部分があってももっと違っていたでしょうね。

 「柔軟=定型的なふるまい」という前提があって書かれていることだとすると,私の見方はちょっと違います。たしかにあすなろさんも書かれていたように,定型のほうがいろんな視点を取りやすい,という意味での柔軟性はもしかしたら持ちやすいかもしれず,その意味では「柔軟=定型的なふるまい」と言えなくはないでしょうが,ただここはもう少し丁寧に考えたいところなのです。

 たぶんアスペの方にもアスペの方なりの「柔軟さ」があるのではないかと思うからです。それがなにかを今の段階で明確に述べることはできないので,思い込みに過ぎないと言われればそうなのですが,なんかそういう可能性を感じる。

 たとえばここはたぶんサロマさんと同じで,私の中では柔軟な姿勢をすごく持たれているアスペの方の典型はガーディナーさんやKatzさんのような方たちですが,そういうみなさんの柔軟性は定型のやりかたを取り込んだというより,なにかご本人の中から生まれているような気がします。もちろん定型のやり方を取り込んでいる部分もあるのでしょうが,それだけではないような。

 だとすれば,アスペの方でもその方なりに柔軟性は発揮されうるわけですよね。まあシンプルに考えればそこで柔軟な部分はスペクトラムの非アスペ的な部分,定型的な部分なのだ,という理屈の付け方もありうるでしょうけれど,そこはもうすこし私は慎重にそうでない可能性を考えたいと思っています。


Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • サロマ
  • 2017/07/04 (Tue) 23:15:52
>サロマさんのおっしゃることと特に矛盾はないと思います。ちょっとわかりにくい表現ですみません。

いえ、私が理解力が悪いからです。

>アスペの方でもその方なりに柔軟性は発揮されうるわけですよね

「柔軟=定型的なふるまい」もありますが、それだけではないです。
ガーディナーさんやKatzさんは、一般的な価値観や感覚、アスペや少数派の価値観や感覚、全てとは言いませんが、あらゆる価値観を超越してるのかなと感じます。

子供は親の姿を見て育ちますよね。
親の人間性の良さはもちろん、物心がつく前の赤ちゃんの段階から身近な人の価値観や感覚を取り込んできた。
自分自身が受容されて育ってきてるから気持ちにも余裕があり、その上で論理的に説明してもらえれば、物心ついた後でも色んな価値観を取り入れられる、理解できるのではないかと感じます。

こだわりの強い親、定型的な価値観ばかりを押し付けて子供のアスペ的な感覚を否定されて育てば、潜在的な反発心も出てきて多用な価値観を自分のものとしてとりこめなかったり、取り込む以前に多用な価値観がどんなものかも具体的にわからなくなるようにも感じます。

乙武さんと共同幻想
  • あすなろ
  • 2017/07/21 (Fri) 10:18:49
アスペの人が、定型の意見に憤った原因の一つに、どなたか忘れましたが、重度障害のある『乙武さん』でさえ社会でうまくやっているんだから、にわとりさんも工夫次第でうまくやることが出来るのでは?という意見に対して、障害の種類が違う!乙武さんは手足が無くても頭脳は優秀なので恵まれている!と反論が沸き起こったことがあったと思います。

確かに、全く違う人物を『障害者』というキーワードだけでひとくくりにしてしまうのは、乱暴な見解だとおもいます。
日本では、障害という単語だけですが、英語では、その特性によって細かく分けられていて、対処の仕方も全く別物として扱われていますから、日本がいかに障害理解に後進国、発展途上国かというのが分かります。

ただ、そうした乱暴な比較に対して、怒る側も、また日本の凝り固まった価値観から抜け出せないでいるといえます。
それは、果たして乙武さんが成功者なのか?成功者なら、何に成功したのか?という見方そのものが問題なんだと思います。

乙武さんは、成功者だと思う人は、

マスコミを通じて有名になった。
障害があるのに、自力で生活できて、家庭も持っている。
本や発言を通して、多くの障害者に勇気を与えている。
発言などの影響力が大きい。

といったところでしょうか?
これらの項目をよく見てみると、
乙武さんが本などを通じて有名になり、多くの人がその生活に注目するようになった。
ということに過ぎません。
自力で生活できているのではありませんよね?ヘルパーがいなければ、彼は一人で排泄することも入浴することもできません。移動することも、全く一人というわけではありません。
家庭を持っているけれど、まあ、色々とありましたよね。
彼は、自分の障害によって出来ないことをわきまえていて、その上で物怖じせずに主張する強さを持っていた。
それに加えて経済力を身に付けることが出来た。いや、もともと豊かだったために、学力をつけることが出来る環境にいたのでしょう。

確かにこれだけ個性的な人を引き合いにして、あなたにも出来るはずというのは、乱暴な意見です。
しかし、その乱暴な意見に対して、自分を否定したと怒ることもまた、乱暴な考え方です。
そもそも、比較できるものではないものを比較されているのですから、『全くおかしなことを言っている。私とは世界が違うから関係ない』と思うのが普通ですが、そこに怒るというのは、自分にも乙武さんのようなポジションへの憧れがあり、それができないもどかしさを感じていたということになります。

つまり、乙武さんが、義足のランナーと比較されて、あなたも陸上をやればいいのにと言われて、『私だって、必死にやっているんだ!特別な人と比較するな!』と怒り出すのと同じことです。

陸上なんて、別にやる必要がないと思えば、『まあ、そういう人もいるでしょうね』と受け流せるはずですし、多分乙武さんは相手にしないと思います。

ここで『定型は!』と怒りをぶつけられるアスペの方の中には、出来ないことに対して、出来るようになりたいという憧れが強い方が、多くいらっしゃるように思います。もちろん、社会というのは、順応できない人間を排除しようという傾向が強いので、それができないことで責められた経験が、出来るようになりたいという憧れを強く抱かせるのは当然かもしれません。

しかし、乙武さんは何の問題もなく、社会に順応しているんでしょうか?

良く見える部分の反面で、彼の意見は、それ以上の制裁を受けているところをよく見かけます。
その中には、自己責任で回っている社会なのに、人の世話になっていながら、言いたいことを言う、鼻持ちならない奴という偏見が多く含まれています。
では、支援を受けているから、言いたいことを言ってはいけないのでしょうか?

これもまた、おかしな話です。

乙武さんが社会でうまくいっているように『見える』のも、人の世話になっているのだから大人しくしていろという偏見も、全て共同幻想が見せている幻です。

乙武さんは乙武さんでしかないし、受けられる支援を利用しながら生きるのは当然の権利であり、日本国民である限り、法律にかなった範囲で言いたい意見を述べるのは、保証されていることです。

つまり、彼は自分の出来る範囲で生きているだけに過ぎず、誰かと比較することも、誰かが彼を引き合いに出すことも、許されないということです。

日本人は幼い頃から『周囲に合わせて行動しなさい』と教育されます。裏を返せば『合わせられない人はここにいてはいけません』というメッセージを送られていることになります。

乙武さんのような人は、見た目から、周囲に合わせることはできないと分かる。だからこそ、自然に周囲が配慮して合わせられるように支援してくれるのです。

でも乙武さんの人生の課題は、周囲に合わせることではなく、同じ土俵に立った上で築いていくものです。
たまたま充実した支援を受けられている恵まれた環境の人をやっかみ、引きずり落とそうとする悪意は、『周囲に合わせないと酷い目に遭うぞ!』と脅かされながら教育されて来た日本人の悪性です。

こうした悪性に惑わされないためには、発達障害があろうが、知的障害があろうが、身体障害があろうが、それを含めた『私』が『私として生きる権利がある』と、意思を強く持つことなのだと思います。

乙武さんになれないのは、隣のおばさんになれないと同じような理屈でしかないのだと思います。
理解と支援って何だろう?
  • あすなろ
  • 2017/09/18 (Mon) 09:14:01
我が家は、発達障害者率が高く、唯一定型と思われる長女は、異星人の中にいる地球人のような肩身の狭さを感じているようです。

私から見れば、娘も、うまくやっているようで、独特なところがあるので、全く定型とは言えないなと感じるのですが、社会性は家族の誰よりも高いので、何もサポートできない私の立場では、ただ思っているだけしかできないんですが。

これが、家族の中で一人だけ障害があるとなれば、その人は定型家族の見守りと支援で生活することができるでしょう。

アスペの子供たちの支援は、まだ幼いうちは私がサポートできましたが、成長してしまうと、むしろ私の至らなさをサポートしてもらうことが増えました。
私に出来たのは、まだ成長途中の発達障害児に対してだけで、それ以降は私自身にも支援が必要なことを実感する毎日です。

ある程度、自分の生き方を確立したあとの発達障害者に必要なのは、どんな支援なのだろうか?と、つくづく思います。
さらに、支援する側よりも、支援されている側の方がよほど生活力があって、いつの間にか逆転している事もあるのでは?と。

もしかしたら、理解や支援が得られないのは、周囲も発達障害系の人が多いため、その余力が無い状態ということもあるのかもしれません。

うちの長女も、家族で唯一の定型とはいえ、バラバラの特性を持つ家族を理解したりサポートしたりするのは不可能。
逆に、みんながみんな、お互いに理解することが難しいため、振り回されないように極力距離を置いている状態です。
むしろ『訳の分からん奴ら』に囲まれて、幼い頃から相当ストレスを溜めていたようです。

確かに、今の社会は、見えない絆に縛られて、定型同士が暗黙のうちに団結して、それについていけない人を排除する傾向が強いです。
おそらく発達障害者は、どんどん縛りを強くする社会から真っ先に振り落とされる種類の人たちですが、この異常な社会は、定型でさえも気弱な人は排除されてしまう。すると、本来定型であるはずの人たちも、社会的弱者となり、コミュ障と言われてしまう可能性は大いにあるのです。

これだけタイトな社会からはみ出した人たちは、社会モデルから見たら、みな障害者です。
では、そういう『障害者』を理解したり支援したりするのは、誰なのでしょう?
そういう人が存在するのかさえも疑問です。

今、政治の中枢で国を動かしている人も、官僚も、医者も、教師も、様々な話を聞くたびに、自分自身のモラルさえ確立できていない障害者と感じます。
強く見えるのは、自分の意見を押し通す方法を知っているだけ。
視野は非常に狭く、目先のことしか見えていない。視野の狭さは重度かもしれません。

では、本当に先天性の障害から視野が狭く、行動が限られる障害者は、誰に支援を求めたら良いのだろう?
誰が本当の理解をしてくれるのだろう?
おそらく、誰も居ないのではないかと。

私自身も、現状、誰も支援者はいませんし、理解者もいません。
ここでも何度か私の特性について話しましたが、おそらく根本的に理解された方はいないと思います。
逆に、複数のアスペの方が、生きづらさを訴えていましたが、それは状況説明だけに終始していて、持っている特性について説明された方はほとんどいなかったと記憶しています。

いや、発達障害者の多くが、自分の特性を正しく理解出来ていないのではないかと。
診断する医者でさえ、状況でしか判断できないし、対処療法しかできないのが現状ですから。

発達障害の解説自体が誤解だらけであって、その解説を受けた当事者も誤解している。そして支援ができるような、体力も精神力もある人は、今の社会にはほとんどいないのではないかと。

すると、理解も支援も、誰かに期待することは諦めて、自分自身で管理しコントロールしていかなくてはいけないのではないかと。そのためにはまず、自分の何が『障害と呼べるもの』なのかを見極めることが必要ではないかと、そう感じるこの頃です。
Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • 2017/09/18 (Mon) 15:54:42
>そこに怒るというのは、自分にも乙武さんのようなポジションへの憧れがあり、それができないもどかしさを感じていたということになります。
これは違います。乙武さんのポジションに憧れはありませんから。
怒っている理由は再三言っている通り、にわとりさんに対して無知な知識で非難し、自分たちの感覚が間違っていることを認めないからです。
さ さんへ
  • あすなろ
  • 2017/09/18 (Mon) 22:07:47
乙武さんの話と、にわとりさんの話は全く関係ありませんし、『怒っている』というのは、言われてそこが引っかかるのはどうしてか?という深層心理について分析した話であって、具体的な『さ さんの怒り』についてではありません。
Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • 2017/09/22 (Fri) 12:57:41
私自身ではなくても、にわとりさん叩きをしている人達を非難していたアスペ当事者の人のことについて共通しているようなことを書いているように受け取れるからです。
Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • 管理人
  • 2017/09/23 (Sat) 09:19:47
この場の運営方針はガイドラインに書いてある通りです。

そこに書いてある基準に抵触しない限りは、原則としては議論は自由に行ってください。

あとは各投稿者が議論を発展させるために発言する、という姿勢をどこまで示せるかの問題がありますが、そもそもそういうコミュニケーションスタイルをとること自体が著しく困難な方が一部にいらっしゃることは間違いないようです。

その場合、これまでの例を見ると、だいたい議論が自分の中で完結してトートロジーになってしまい、そこから抜け出せないまま、ほかの方を自分の観点で否定し続ける、というパターンが特徴的にみられるように思います。そういうパターンに落ち込むと、相手の人は何を言ってもその趣旨が伝わらない状態になるので、議論が成り立たなくなります。

なぜそのようなパターンに陥ってしまわれるのかは私には簡単にはわからないと思いますが、その場合はこれもこれまでの経験から言うと、ご本人がそういうパターンに陥っていることに気づくこと自体がとてもむつかしいか、著しく時間が必要な場合が多いようです。

その場合でも対話的に対応することが理想ですが、その投稿に応答するかどうかは最終的には各参加者の自由ですので、現状でそのような展開が無理とお考えの場合は、その旨を断ってやりとりを棚上げされる、ということでよいだろうと思います。

ここで発言される方には、基本的に定型アスペの枠を超えてお互いを理解しようとする姿勢を強くお持ちの方が多いので、そういう方たちがいらっしゃる場の中で、自分への応答がなくなってくることがあれば、その方はもしかすると自分の中で堂々巡りになってしまっていないかを、ゆっくり考えて見られることをお勧めします。もしかすると、そこから前進への手掛かりが得られるかもしれません。




管理人さんへ
  • あすなろ
  • 2017/09/23 (Sat) 15:53:04
一つ前のコメントは不適切でしたので、削除しました。

私の姿勢としては、一貫して、起きた問題を分析し、前向きに検討するために書いていますが、言葉が不適切なのか、中庸を貫いているつもりの発言でも不快感を示す方がいらっしゃるようです。

誤解ですと言っても、そう感じ取れるとおっしゃるのでは、ラチがあきません。
誤解から不快に思われたとしても、ここでは言葉のやり取りが全てですから、誤解されるような発言に問題があると言われれば、それまでかもしれませんので、真意を伝えることは難しくなりますね。

それをきっかけに、自身のこれまでのあり方まで否定されてはたまりません。
自分では建設的に考えようとしていたものが、否定と捉えられてしまうのでは、これ以上何か発言することも問題になってしまうのでしょうね。残念ですが。
あすなろさんへ
  • 2017/10/31 (Tue) 18:06:33
今もご覧になっているのかわかりませんが、説明が足りなかったですね。

あすなろさんが建設的な意見をおっしゃっているのは理解しておりますし、あすなろさんのこれまでの在り方を否定しているわけではありません。
こちらも配慮が足りずに申し訳ありませんでした。
あすなろさんへ
  • 2017/10/31 (Tue) 18:15:23
乙武さんと比べてにわとりさんは甘えていると、ある定型の方がおっしゃっていたことについて、一部のアスペ当事者の人から反論があったことについて、どうしてそのような心理になったのか分析なさっているのだと思いますが、その文章がその一部のアスペ当事者のことを指しているように感じました。

私自身がそう感じたのは、にわとりさん寄りだった一部のアスペの方達が(にわとりさんをかばっていた一部のアスペの方全員が)、「乙武さんも頑張っているのににわとりさんは甘えている」と言われたことについて怒っていると思っていた。そしてあすなろさんはそこの心理について分析なさったのだと感じました。

あすなろさんがそれは誤解だとおっしゃるのであれば、そこについてのお話を伺いたいところです。
さ さんへ
  • あすなろ
  • 2017/11/06 (Mon) 23:48:01
しばらくこちらを覗いていなかったので、気付くのが遅くなりました。
お返事として。たしかにきっかけは、にわとりさんが乙武さんと比較されたことで、気分を害された。もちろん同じようにほかのアスペの方も気分を害された。その出来事から考えました。
私も同じように、なぜ乙武さんのことが引き合いに出されたのか、そこには障害というだけで、全く別のものをひとくくりにして見ている偏見があるのではないかと思っています。
ただ、それに対して、過剰反応してしまうのは、乙武さんのような才能のある障害者は良くて、そうでない人は浮かばれないというように、結局は比較をしているのではないかと言うことです。

乙武さんは、アスペや他の発達障害とは、全く別であって、それを引き合いに出したこともおかしければ、それに対して過剰に反応することもおかしいということが言いたかったのです。
Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • 2017/11/21 (Tue) 13:31:58
あすなろさん

お返事遅くなりました。
>過剰反応してしまうのは、乙武さんのような才能のある障害者は良くて、そうでない人は浮かばれないというように、結局は比較をしているのではないかと言うことです。
にわとりさん寄りだった方の中にはそういった心理も含まれていた人もいるかもしれませんが、少なくとも私は乙武さんが成功しているかどうかはともかく、彼のようになりたいと憧れることもありません。彼にこだわることもないです。
乙武さんのような才能のある障害者は良くて、そうでない人は浮かばれないと比較したこともないです。
にわとりさん寄りの方の中にも私と同じ考えの人もいると思います。
あすなろさんの仰っていることもあるとは思いますが、私自身は少なくとも乙武さんと比較してにわとりさんを(アドバイスという善意を装って)無神経で差別的な言葉を放った方やそっち寄りの考えを持つ方達に憤りを感じたのです。

乙武さんと比較するのは間違っていると言って怒っている「方の中には」との言い方をしていただいた方がわかりやすく、誤解は減らせるかと思います。

無題
  • 2017/11/21 (Tue) 13:39:25
管理人様

私や私と同じような意見を持つ方々に対して、ガイドラインに反していると過剰反応するのはやめていただけないでしょうか。
今まで掲示板が荒れた原因はにわとりさんや私やそれに近い意見の方たちばかりが原因ではありません。
アスペと定型同士での話し合いをしようとの姿勢はあってもアスペ側(にわとりさん?)側の意見を否定し、間違った知識や思い込みで責めて来られたならどうしようもありません。
それを「コミュニケーションスタイルをとること自体が著しく困難な方が一部にいらっしゃる」との扱いで片付けられたくはありません。

>自分への応答がなくなってくることがあれば、その方はもしかすると自分の中で堂々巡りになってしまっていないかを、ゆっくり考えて見られることをお勧めします。
自分への応答がなくなったからと言って、なくなった側の方が必ずしも悪いとは限りません。むしろ相手の方に問題があることだって多いですから。

さ さん
  • あすなろ
  • 2017/11/27 (Mon) 18:32:54
ご指摘ありがとうございます。
どちらが先かは、分かりませんが、一時期乙武さんのことに双方でこだわって議論されていたので、なぜこだわったのかというところを分析してみたのです。
さ さんは、その時関わっていらっしゃいませんし、このことについて、ささ さんのご意見というのは、全く想定していません。
ただ、私の書き方だと、誤解される方がいるというのは、心に留めておきます。

また、ガイドラインの話は、私の書き込みがきっかけで、管理人さんが全体に注意を促されたのだと理解しています。ご指摘を受けて、その部分は削除しました。
さ さんのことではありません。
Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • さろま
  • 2018/03/03 (Sat) 09:03:55
乙武さんが露出しなくなったのは自業自得であって、いきづらさを抱えている当事者は自業自得ではない。
彼も不倫をしなければ家庭も仕事も失うことはなかった。でも当事者は努力しても仕事を失ってしまう。
そこに大きな差はありますよね。

私もささんと同じように乙武さんのようになりたいから過剰反応したわけではないです。
ここでも乙武さんや身体障害の方と発達当事者とでは障害の種類が違うのに成功者をモデルにして、追い詰められているにわとりさんに厳しい言葉を投げ掛ける残酷さに当時は怒りを感じた、それだけです。
今でもそれはおかしいと思いますよ。
Re: Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • あすなろ
  • 2018/03/04 (Sun) 07:03:57
ささんと、サロマさんのご意見から感じるのは、主観的見方と俯瞰的見方との食い違いではないかと思えました。
サロマさんのおっしゃることは、私もその通りだと思いますし、元となったコメントに同じことを書いています。
その上で『俯瞰』した場合、双方に似たような関係が見られるとした話ですので、サロマさんのおっしゃりたいことを否定した上でということではありません。

例えて言えば、
痩せていることを気に病んでいる人がいる。

誰かが、『そんなに痩せて!あの人は太っていて健康的よ。もっと食べたら?』と言った。

食べても太れないのに、酷いことを言う!と怒る。

一方、

痩せていることを自慢にしている、あるいは、自分はやせているとか太っているとか、興味はない人がいる。

誰かが、『そんなに痩せて!あの人は太っていて健康的よ。もっと食べたら?』と言った。

何を言っているのか分からないから、無反応。

というところに、反応の違いが表れる。
ということを言いたかったのです。
Re: Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • あすなろ
  • 2018/03/04 (Sun) 07:18:01
補足しますね。
発達障害を持って、それを自慢にしているとか、意識しないという人は、現時点でほとんどいないと思います。
何故なら意識させられる、それをマイナスに捉えさせられる出来事があったからこそ診断に結びついたり、自覚したりするのですから。
しかし、現時点で、発達障害をネタにして余計な入れ知恵をしよう、お世話をやいてやろうという人がいない状況は作り出せないと思います。
社会が発達障害に注目して、支援体制を!と呼びかければ呼びかけるほど、関係ない人の目に付く確率が高くなるので。

痩せている人が、痩せているために病気のリスクを負うといくことが、社会で広まると、痩せているのは良くないと思う人が増えてしまうというのと同じ原理です。

痩せていることは事実としても、それでどうなるかなどと、関係ない人が言うべきことではありませんが、本来お世話好きの日本人には、どうしても余計な忠告をしたがる人が湧いてくるわけです。

つまり、嫌でも関係のない人が『発達障害者はこうするのが良い!』と助言してくる状況は避けては通れないわけです。
それにいちいち反応して心を乱されていては、安定した生活からどんどん遠ざかることになる。
だからこそ、『痩せている自分を肯定する』のと同じように、『発達障害である自分を肯定する』ことが防衛策になるのではないか、という話です。
Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • 管理人
  • 2018/03/05 (Mon) 19:08:34
投稿者から削除を依頼されたコメントがありましたので、一件削除しました。
なお、投稿時にパスワードを入力されると、ご自分で修正や削除が可能になります。
ただし議論がすでに進んでいる場合はその後に修正されると議論の流れがわからなくなりますので、その場合は新たなコメントで修正を行っていただければと思います。
Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • さろま
  • 2018/03/07 (Wed) 18:53:47
自分の障害を受け入れられないから周りの無理解さに傷つくことがあるのは間違いないと思います。
しかし発達障害の特性で才能が開花する人ばかりではなく、マイナスにしかならない人も多いので、その場合は発達障害を肯定に見られないのは当然だと思います。障害は障害ですから。むしろマイナスにしかならないことを肯定する方がむしろ自惚れだと思います。
しかしアドバイスや説教が親切から来るものだとか、相手を思ってのことだと勘違いして言ってくる厄介者が多いので、心乱す当事者が多いのだと思います。
しかしマイナスにしかならない障害特性を受け入れ、今現状でできることをやっていこうとの気持ちがあれば、周りから何を言われても心を乱さずにいられるのではないかと思います。
さろまさんへ
  • あすなろ
  • 2018/03/07 (Wed) 22:07:31
>(発達障害は)マイナスにしかならない人も多いので、その場合は発達障害を肯定に見られないのは当然だと思います

おっしゃる通りです。障害というのは、基本的にはマイナスでしかありません。だからこそ苦しむものですし、障害があったから良かったと思える人は稀です。
例えば何か興味のあることを極めたいと思って、過度な集中をしなければ成し遂げられないというような場合、障害によって、一つのことに没頭すると他のことが目に入らないという特性がプラスに働くといった特異例もありますが、大抵の人は生きにくさにつながっていると思います。
プラスに考えられるのは、障害以外の自分の性格や性質についてでしょうね。
例えば私なら、障害を持ちながらも、普通の社会で何とかやっていることは、かなり根性が座っている、ある意味運が良いと思っています。下手をすれば命が危うかったこともありましたから、運の強さは相当だと思っています。この調子なら、割とこのまま淡々と生き抜いていけるんじゃないか、何が起きても動じないんじゃないかと。
肯定とは、自信とは少し違うと思います。そのままで何が出来るかを考えることではないかと。
切れない包丁で、フランス料理のフルコースを作ろうとするのではなく、包丁を使わずにできる料理を考えたり、一品だけ時間をかけて好きな物を作って満足するとか、そんなことじゃないかと思います。
Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • さろま
  • 2018/03/11 (Sun) 00:09:35
おっしゃるように包丁を使わずにできることを考えるしかないですね。
にわとりさんのように包丁を使わない料理すらなかったから社会からつまはじきにされたらどうしようもないですが。そんな時はそんな自分を受け入れて、実務は諦めて皿洗いなどの雑用に徹するとか、雑用すら無理なら飲食店の草むしりをするとか自分のできることでやっていくしかないのかなと思います。
Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • キキ
  • 2018/03/15 (Thu) 22:46:54
あすなろさんとサロマさんのお話が入ってきましたー。

ここのところ、仕事先の女性軍団や、子供の学校のママさん軍団に、入れない自分を自己否定して鬱状態になってましたが…
包丁やホウキがないのに、さもあるように振る舞おうとするのはやめます。
包丁もホウキもないから、集団に入れなくてもイイや、と思うようにしないと病みそうです(T . T)
何か別のことにエネルギーを使えるようになりたいです。
Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • キキ
  • 2018/03/17 (Sat) 13:43:17
開き直ったら、少しは気分晴れましたよ!

世間一般?の合わせること、逆らわないこと、平等であること、飛び抜けたことをやらないこと、常に共感の言葉を使うこと、贈り物合戦をかかさない…
そんなの、例え少し仲間に入れてもらったところで、あたしにゃ到底維持できない
=皆と同じことをしない
=ハブこうか、となるに決まってる、とわかったし、
彼女らの思考回路が私にはアホらしく思えてきたので(向こうからすれば、私がアホなんだけど)、一切迎合することはやめようと思います!

もちろん仕事内容はちゃんとやらないといけませんけどね、
しょーもない世間話に聞き耳立てて、入れる内容はないか、
話かけてくれないか、と思い巡らすのに疲れました。

あたしはあたしのキャラでいい!
嫌う人もいるだろうけど、それでいい。
最低限の礼儀挨拶はするけど、もー一切、しょーもない話聞かない。

と、かなり興奮してますが、ようするに、自分にできないことを頑張ることをやめました。
怯えるのも、オドオドするのも、やんぴ!
やんぴやんぴ!
アスペ上等や!かかってこいや!(負けるけど 笑)

家族同士の方々はそうはしてられないと思うのでお辛いでしょうが…

あたしゃ、あたしでええわさ!
キキさんへ
  • あすなろ
  • 2018/03/17 (Sat) 21:36:10
良かったです!
私も、あるときから、開き直りが出来るようになって、楽になりました。でもその前は、何をやっても失敗する、周りからは出来ない奴と蔑まされていることがよく分かって、本当に辛い思いをしていました。
あちこち転々としても、どこでも馬鹿にされるのは、やっぱり自分が馬鹿だからなんだと思って落ち込んでいましたが、その『馬鹿』という見方そのものが、狭い了見から出来ているんだなと思えるようになりました。
まあ、ほとんどの人には、私の行動は馬鹿に映ると思います。出来ることが少ないので。でも少ない出来ることで、成果が出ていることはたくさんある。私を馬鹿にしている人は、その成果を私が出しているとは認めない。でも確実に成果はあることを、私だけが知っている。
その成果を認めると、大きな自信になります。
あすなろさん!
  • キキ
  • 2018/03/17 (Sat) 23:56:29
わあい、あすなろさんはお返事くれると思ってました^_^

あすなろさんのほうが随分前に、ご自分の発達状態を知って生きてこられたので、(私はたかだか診断されて2年、あれ?3年?あはは)、私より前を切り開いて通っていった人です。
そんな話がここで聞けるのもすごい特権ですよー、有難い!

それがヒントになっていて、ある日突然開き直れるってこともあるんですね。(まあ、ちょっとした、仕事以外のことで、しょーもないことで怒られたってのに、心底アホらしなったんですけどね)。

皆さまー、これからもよろしくお願いします、そして「今日は開き直れんと落ち込んだわー」という日もあると思うけど、お付き合いしてくださいね!

ありがとう!
でも…
  • キキ
  • 2018/03/19 (Mon) 01:19:20
ちょっと訂正します。
あっち(多数の人々)も、生きるのに一生懸命で、こちらも一生懸命。
考え方の回路や価値観が少し違うから、ずれてしまうけれども、どちらも一生懸命なのには変わりはないんだなと思いました。
明日は、もう少し大きな心で、『あっちも大変』と思いながら人と接してみようかな。

どちらも一生懸命なのに、ずれてしまうのは悲しいな。
自分のことも知りたいけど、相手のことも少し知りたくなりました。
話は難しいだろうし、ナンノコッチャわからないだろうから、やはりここに来よう。

でもでも…
  • キキ
  • 2018/03/19 (Mon) 12:41:53
いや、また訂正!(笑)

さっきこっぴどく言われて…やはり、私を嫌いな人を理解して大きな心でなんて、無理だーっ

マイペース、マイペース…
キキさんへ
  • あすなろ
  • 2018/03/19 (Mon) 21:42:26
私も嫌いな人多いですよ。
嫌いな人が、他の多数の人からよく思われていると、やっぱり私がおかしいから、いけないんだ、と思っていました。
でも最近は、人に好き嫌いがあって当然だし、カミサマじゃないんだから、誰でもみんなに良く思われることなんてあり得ない。
何となく話の流れが合う人とは、心地よいと感じるもので、だから話の流れが通じる多数派は楽な方に集まるんだろうなと思うようになりました。
まあ、多数派は、要領が良いので、好きでも嫌いでもない関係とか、嫌いでもお得だから付き合っている関係とか、色々あるんだろうなと思います。
こっぴどく叱られた原因が、キキさんにとって修正可能なら気付くキッカケになってありがたいし、そうでなければ、相手はなんとなくの感情で人を叱るような考えの浅い人間だということです。
こっぴどく言われてしまうと、なかなかそういう見分けをする気力は湧きませんが、あまり引きずらずに、冷静に考えられるようになると良いですね。
そうは言っても気持ちというのは厄介ですから、この際、パーっと発散できるものを見つけてくださいねー!
ギャグ漫画を読んで思いっきり笑うとか?
頭を使わずにノリで楽しめるものがあると良いですね!
あすなろさんへ ストレス発散の仕方
  • キキ
  • 2018/03/20 (Tue) 00:18:26
あすなろさん、またまたありがとうございます。

あすなろさんの、ストレス発散の方法ってどんなのがありますか?
私はストレス発散が本当に下手で。
お酒、とか、暴食、とか、なんか依存性のある体に悪いものに傾いてしまうんですよ(T . T)

暗い映画とかドラマとかをわざと観てしまったり。

なんでしょうか、ほんとに自分を持て余してるんでしょうね〜…(-.-;)
Re: キキさんへ ストレス発散の仕方
  • あすなろ
  • 2018/03/21 (Wed) 06:51:55
人間って、本当に人の立場に立って考えられないものですねー。いや、私が特にそうか!キキさんにギャク漫画でも読んで、なんて言っていながら、自分はどうなのよ、と自問してみたら、そんな簡単なものじゃなかったと思い出しました。
ここでも何度か話題にしていましたが、数年前、職場で吊るし上げのような状態になり、(一応)上司から毎回理不尽なことで大声で注意されたり、ほかの人の前で叱責されたり、明らかにこちらが正しいことを頭ごなしに否定されたりすることが続いていたんですが、その時はギャグ漫画など読もうとも思いませんでしたね。とにかく相手とその取り巻きが憎くて仕方ない。怒りが収まらない状態でした。上司が配置換えになるまでいつ辞めようか、辞めたら後があるのか、ということばかり考えていました。
嫌な人間とは、距離を置くことしか解決方法は無いと思いますが、その間気持ちを安定させるには、誰かにその怒りを吐き出すことじゃないかと思います。
その時は幸い、吐き出せる友人がいて、私の言うことに同意して同じように怒ってくれ、あなたは正しいと言ってくれたことで乗り切れました。
同じく、ネットにもそういう効果があると思います。ただあまり詳細が書けないので、モヤモヤが残ることもありますが。
話せるところで、出来る限り詳しいことを話して、話した相手が『それはあなたの方が正しいよね』と同意してくれることが、一番のストレス解消ですね。
ただ、話す相手を間違えて、逆に説教されたり否定されたりしたら逆効果なので、慎重にならないといけませんが。
許せないという感情
  • あすなろ
  • 2018/03/21 (Wed) 17:41:29
パンダさんのブログの方に寄せられた、つばめさんのコメントを見て、色々と考えることがありました。
それはここでも度々言語化しようとしても、なかなか上手くいかなかったことであり、カサンドラやモラハラといった状態に踏み込むデリケートな問題だと思います。

つばめさんが、私が抱いている息子や夫に対する思いから、ご自分のことへと同調(?)され、アスペは基本的に何も言ってはいけないのではないかと感じられたということが、おそらくアスペ=少数派・被害者、アスペ以外の人=多数派・加害者という認識では割り切れない確執をよく表しているのではないかと感じました。

基本的にパンダさんは、奥様のことを理解しようという思いが強く、奥様側から分析されようとしていらっしゃるのに対して、私は夫のことを理解しようとするのを諦めているところがあります。それなのに、何故このブログや掲示板に出入りしているのかと言えば、ひとえにアスペの息子と娘を理解して、息子と娘が出会うであろう社会の偏見を少しでも回避させてやりたいという思いからです。
しかし、その偏見というのはおそらく、私が夫に感じている許せないという感情も含まれるものであって、そこを自分が克服しないことには、子供たちを偏見から守ってやることが出来ないのではないかと思い始めています。
何故私が夫を許せないと感じるのか。それは彼が結婚以来、私の特性から来る行動を一貫して非難し続け、一方的に人格否定とも取れる発言や行動をして来たからです。しかし、息子の話やここでのアスペの方のやり取りから、どうやらアスペの彼にとって、ADHDの私の逸脱した行動が、彼の許せるレベルを超えていたことで、常に感情を煽られまくっていたのではないかと察することが出来ます。
夫と喧嘩になるときは必ず、どちらがキッカケを作ったのかという議論になり、それはずっと平行線で終わります。
私の天然の行動が彼の感情を逆なでする。
すると、それを『やめて欲しい』という彼の訴えが強過ぎて私を傷つける上、私にはどうすることもできない。
この繰り返しだったのではないかと。

以前、サロマさんにもお聞きしたことがありますが、やはりADHDの人の行動で迷惑を被ったというご経験がおありとのこと。そこには何か相入れない行動の裏表が存在し、お互いに感情を煽るメカニズムが存在するのかもしれません。

私の子供達はそれぞれ、息子=おそらくシンプルなASD、娘= ASDだがADHD傾向が強い、という特性を持っています。
二人の関係はとても良好なのですが、お互いにお互いを、『面倒な人』と感じているようで、それぞれ『あいつはよく分からん!』と言います。それでもお互い、自分に無い才能を『あいつは凄い!』と尊重し合っています。わからないからこそ、自分に無いものを持っていると尊敬しているようです。
何かそこには、下手に分かろうとしないことで、共存できるヒントがあるように思えました。
私は、自分の『許せない』という感情を払拭して、夫の、私には無いところを尊重したいのですが、長年の確執がそういう意識を曇らせてしまいます。しかし、その確執を生んだ背景は、お互いの特性に正直であり過ぎた結果なのかもしれません。
つまり、特性は誤魔化すことは出来なくても、それを社会に合わせるためにコントロールしていく必要があったのではないかと思います。そのコントロールは、自分の特性を否定するものではなく、調節するものであって、コントロール=否定と捉えてしまう極端な意識(これは、日本に根付いている同調圧力の強さで、多少でも多数派と違うところがあると排除しようとする傾向が強いことに原因するもの)が、私と夫のような確執=モラハラやカサンドラと言った状態を生み出してしまうのではないかと感じられるようになりました。
そして、定型という掴み所のない人格を持った人は存在せず、たまたまそれほど突出した特性の無い人達が当たり障りなく、あまりこだわりもなく生きているだけのことではないかと、最近思うようになりました。
Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • さろま
  • 2018/03/22 (Thu) 11:22:14
私がADHDの同僚に怒ったのはこちらが謝ったにも関わらず、やたらと責めてきたり、自分の主張だけをしてこちらの特性を理解しようとしなかったからです。
もちろん私もパニックになって瞬間的に怒ってしまったことは悪いと思っています。
あすなろさんは私も歩み寄ろうとせずに怒っているのは問題だとのお話でしたが、いくらこちらが歩み寄っても、向こうが怒り続け、自分の特性のみ理解しろと言われても解決にはなりません。

にわとりさんのケースは、定型の方は親切のつもりで言った言葉なのでしょうけど、それは一般常識に照らし合わせたものであり、どんなにがんばっても失敗で終わったにわとりさんに対してかけるべき言葉ではなかった。
しかし相手の方はにわとりさんに謝らず、反論したにわとりさんを責め立て、それににわとりさんが怒り出し、他の方達も一緒になってにわとりさん一人を責め立て、さらににわとりさんが感情的になったということですよね。

それぞれ理由は違います。

あすなろさんのところは(ご主人目線で)できないことが多いあすなろさんを受け入れられないようですが、ご主人に限らず、他の定型男性でもあすなろさんを受け入れられる方は少ないかもしれません。
ご主人はご自分の至らないところは棚に上げてる印象が強いですが、あすなろさんへの見方はご主人のアスペ的な特性だけでなく、定型的な基準も求めているように感じます。
言い方が失礼で申し訳ないですが、あすなろさんに限らず、にわとりさんや私のように(一般的な基準から見て)できないことが多い人は同じように見られるとは思います。
前にご主人は料理などの加減は完璧だとの話をなさってましたよね?そういう意味ではご主人は定型的で、あすなろさんはアスペ的(感覚的な問題ではないです)、だから部分的に定型的な見方をしているご主人はあすなろさんが許せないのかなと感じます。
発達障害者がいじめられる原因
  • あすなろ
  • 2018/03/22 (Thu) 21:37:28
連投失礼します。内容は違うのですが。
一つ前のキキさんのお話に関連することかもしれません。

こんな記事がありました↓

https://blog.tinect.jp/?p=49885&amp&p=49885&__twitter_impression=true

人は閉鎖的空間にいると、人をいじめる。

キキさんへのお返事で、以前の職場で私がパワハラもどきを受けていたお話をしましたが、具体的にこんなことがあったと、思い出しました。

ある日、午後からの出勤だったのですが、利用者は施設でお弁当を食べる予定でした。
前日に、上司に、明日はお昼を食べてきた方が良いか?それともお弁当を持ってきた方が良いかと聞きました。上司はどちらでも良いとの答え。
まだ入ったばかりだった私は判断に困りましたが、お昼を済ませておいて、食事介助に徹した方が良いと判断し、お昼を済ませて出勤しました。

ところがほかの職員は全員お昼を持ってきていて、利用者と一緒に食べていたのです。私が所在なくその場にいると、食事中にそこに居られると(目障りで)困るから、別室にいて、と言われました。勤務時間なのでぼんやりしているわけにもいきません。上司は面倒そうに、どうでも良い仕事を見つけてきて、それをやっているように命じました。

その施設では、お昼を持ってくるのが定番だったのですが、あくまで自分の判断で持ってくるので、持って来た方が良いとは言わない。だけど、雰囲気で分かるだろう?ということだったようです。

この雰囲気で分かるというのは、閉鎖的集団の中では、より不明瞭で、不確かなものになります。しかし、それを当然のように判断できる人が空気の読める人と言われ、判断できない人が空気の読めない人となります。
空気が読めないと、それについていちいち説明しなければなりません。しかし、説明したことが逆に強制と捉えられてしまう場合もあるので、はっきりと言えない場合もある。だから、『空気を読んで』もらえないと、職場では厄介な存在になってしまうのです。
普段から、察しが付かないことが頻繁にあると、『面倒な人』と思われてしまう。その面倒な人が1人いることで業務が滞ると、勘違いされてしまうことも多いのではないでしょうか?
本当なら仕事を的確にこなしてもらうために、空気など作らずに一つ一つ説明していくのが筋でしょうが、管理者や同僚が面倒くさいために、自然と空気が出来て、なんとなく従わせているところも、少なくないのではないかと思います。閉鎖的空間では特に、部下や周りが必死で忖度するので、言わずに察するのが、空気のように当然となってしまいます。

発達障害者が排除される原因には、こうした些細なズレの積み重ねで、周囲の心象を悪くしてしまう、ということも多いのではないかと感じます。
さろまさんへ
  • あすなろ
  • 2018/03/22 (Thu) 22:00:04
前の同僚の方と、さろまさんのエピソードを伺って、まさにうちの夫婦の行き違いと同じだと感じました。
さろまさんは、私が語った数少ないエピソードから、夫が定型的と判断されたようですが、夫は、うちの中では本当に特性の強いアスペだなと感じます。むしろ息子の方が定型的なのですが、それは彼が非常に気を遣って自分の特性を出さないように努力しているからであって、息子が夫に怒ったのは、特性を丸出しにしていたら、家族であっても迷惑を被るのだから、少しは自分でコントロールするべきだということでした。

私も、以前、自分の特性はどうすることも出来ないと思って、それを責める夫に逆ギレしていました。例えば声の大きさや、時間の管理など、ADHDの特性で、どうしても定型のようにはうまくコントロール出来ない。夫はそんな私の苦しみがわかるはずだ!と思っていたので。
しかし、夫自身も、例えば音や声に過敏であったり、日々のルーティンを崩されることでパニック気味になってしまうという特性があり、とても許容できるものではなかった。だから、どうしても『やめてほしい!』という口調が強くなり、責め立てるような言い方になってしまう。
双方が、自分の特性ゆえに、お互いの特性を受け入れられない状態だったのだと思います。
それを一方から見たとき、相手は突然逆ギレしたり、直しもしようとしないで文句ばかり言うとなってしまい、確執が深くなる。その繰り返しでお互いを傷付けてきたのだと思います。

一つ言うなら、にわとりさんの失敗は、アスペ的な部分よりも、ADHD的な部分が強そうでしたね。
シンプルなアスペの人は器用な人が多いですが、ADHDがあると、不器用だったり、物事を忘れっぽかったりするので。
その点では、にわとりさんの失敗に、とても共感出来る部分が多かったのは確かです。
特性について
  • あすなろ
  • 2018/03/23 (Fri) 08:40:12
再び、連投になってしまい、うるさくてすみません^_^;

さろまさんや、つばめさんの、アスペかそうでないかという見方について、少し不思議に思うことがあり、私の意見を載せたいと思います。

お二人は、ご自身は診断を受けているのかもしれませんが、他の人がアスペかどうかを判断するとき、多数派と異なった言動や行動が多いかどうかで判断されていらっしゃるのではないでしょうか?
そういう基準で見てしまうと、例えばその集団が、上記のような閉鎖的で独特の価値観と方向性を持っている場合、他の集団では多数派になれても、その集団ではアスペ的と言われてしまうことがあるんじゃないかと思います。

今は基準が変わったそうですが、少し前まで、ASDとADHDの特性が並存していると、ASDと診断するということになっていました。
ASD、ADHD、知的障害があると、知的障害と診断することになっていました。
医学界でもこんな混乱になっているんです。ましてや他人の主観など、全くアテになりません。
私も仕事上、ASDの子、ADHDの子、知的障害の子、色々と見ていますが、明らかにASDの特性が強いという子が知的障害と診断されていたり、ADHDだろうと思われる子が自閉症と診断されていたり、精神疾患の問題で自閉的と言われたり、めちゃくちゃです。
だから、本人の行動特性からだいたい判断して、おそらくASDだから、こういうことが苦手だろうなと察して支援すると、とてもうまく行くケースが多いですね。
特性を判断する必要性は、そういう風にうまく利用できるかどうかなんだと思います。

私がもし、あんまり知識のない医者に掛かったら、ASDと診断されるかもしれませんし、逆にASDの特徴は見られなくてLDと言われるかもしれません。計算がとても苦手で文章の読み取りが苦手なので。鬱病で通院していた時には、あなたは発達障害ではない!と言われましたね。鬱の主症状が酷くて、ADHDの特性が見られなかったんだと思います。(笑)

ちょっとトピズレしますが嬉しかったこと
  • キキ
  • 2018/03/24 (Sat) 01:09:21
みなさんこんばんは^_^

急に話題を変えてすみません。
最近終わった「アンナチュラル」というドラマの主題歌を作って歌っている米津玄師(よねずけんし)さんという26歳のアーティストさん、とても興味あるなあ、とYouTubeで観てたんですが、この方、20歳の時に高機能自閉症と診断されてるんですって。
ますます興味がわきました。

Re: キキさん
  • あすなろ
  • 2018/03/24 (Sat) 08:30:31
そうなんですね!彼の自閉傾向が、個性的な才能をブレさせなかったのかも?

米津玄師さん、ボカロ大好き娘にとって、カリスマ的存在みたいで(笑)メディアに出始める前から、色々聴かされていたんですが、メディアに出て、やっと良さが分かってきた私の感覚も、つくづく大衆派だと思います^_^;

娘に言ってみようかな?と思いましたが、返ってくる答えが想像できたのでやめました。

多分……『だから、何?』
ファンにとっては、その人の背景ってあんまり眼中にないかもしれないなーと。
Re: リアルで直面するアスペと定型(?)の差
  • さろま
  • 2018/03/26 (Mon) 09:24:46
アスペの傾向が強い人はどこに行っても排斥を受けていますし、空気が読めなかったり、仕事ができなかったり、曖昧な言葉がわからなかったりと、はっきり特徴がありますよ。仕事ができるアスペさんもいますが、話が続かなかったり、かみあわなかったり、機関銃のように話すとか色々ありました。
当事者の集まりで聞いてみたら私を含めて一目でアスペだとわかると言っていました。

ADHD傾向のある人は物を出したらしまい忘れたり、扉を開けっぱなしにしたり、約束そのものを忘れるとか、部屋を片付けられないとか色々ありましたが、空気は読めるのでコミュニケーションは取れていました。

両方の傾向にある人はその両方の傾向がありました。

健常者である医師より、当事者の方が見てわかるってこともあると思いますよ。
さろまさんへ
  • あすなろ
  • 2018/03/28 (Wed) 08:17:01
アスペ=ASDというのは、自閉症スペクトラムですから、脳機能のクセです。そのクセがどのような行動に出るかは、生活環境、生育歴、国籍、体格、色んなものが影響します。
結果論として、奇抜な行動に出てしまう、排斥を受ける状態になる、となるのです。

私も、ADHDの強さで、小さい頃から周りに迷惑をかけてきました。衝動性の強さで、暴力とはいかないものの、すぐに大騒ぎをするので、親やきょうだいから怖がられていました。仲良くなった友達とすぐに大げんかをするし。余計なことを口走って相手に顰蹙を買うことも多く……。

ADHDの脳機能のクセを知って、謎が解けました。
まず、すぐにカーっと来たり、物事を早急に判断してしまうのは、目先のものに反応してしまう衝動性から来ているので、イライラしながらも少し我慢をして気持ちを収めること。これが一番正しいと思ったことは、必ず人に相談して、嫌だと思っても、とりあえず相手の意向に従ってみること。納得がいかなかったら、複数人に相談すること。
また、ADHD特有の『低覚醒』という症状があり、この状態の時に感じたことは全て妄想なので、身体が活性化するまでその考えに従わないこと。鬱状態で、酷い考えが浮かびやすいので、無視すること。

そんなことがいくつかあります。
それによって、今までこじれてきた人間関係や生活リズムが改善されてきました。
問題は、結果論からは見えてきません。

私がアスペではないと自分で思うのは、アスペ的な脳機能のクセからは、今自分に起きている問題を解決する方法が見当たらないからです。

はっきり言うと、息子や娘も診断を受けているとはいえ、アスペルガーが主診断ではありませんし、今はアスペルガーという診断名も無くなりましたからね。
必要なのは、その人の脳機能のクセが何かを知ることで対処法を考えることだと思います。
WAISなどの大人用知能検査なども、自分の得意不得意の傾向が出るので役に立ちますし。
結果論でアレコレ判断しても何も進歩はないと思います。


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